東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

オレンジの表紙

書籍名

事例で学ぶ統合失調症のための認知行動療法

著者名

石垣 琢麿、 菊池 安希子、松本 和紀、古村 健 (編著)

判型など

312ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年5月10日

ISBN コード

9784772416993

出版社

金剛出版

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

事例で学ぶ統合失調症のための認知行動療法

英語版ページ指定

英語ページを見る

統合失調症の複雑な症状の基盤に認知機能の障害があることを、神経心理学や認知心理学などの科学的心理学は20世紀後半から明らかにしてきた。統合失調症では注意、記憶、概念形成などの基礎的な認知機能が一時的にせよ低下するが、脳機能に直結するこのような「ハード」な障害に加えて、より心理的で「ソフト」な認知機能の歪みもある。たとえば、少ない証拠で結論に飛びついてしまう「結論への飛躍 (Jump to Conclusion: JTC)」や、誤った記憶への過剰な確信のような認知バイアス (認知の偏り) の存在が指摘されている。
 
認知行動療法はおしなべて、研究と実践の往還を重視する“evidence based practice”だが、上記のような統合失調症に関する科学的心理学研究の成果を臨床に役立たせる技術、それが「統合失調症のための認知行動療法 (Cognitive Behavior Therapy for psychosis : CBTp)」である。特に、妄想や幻聴に焦点化した「症状中心アプローチ」が加わることで、主に1990年代以降の英国で急速に発展した。現在の英国の治療ガイドラインでは、CBTpは統合失調症に対する心理社会的治療法のスタンダードのひとつとされている。この英国の国を挙げての取り組みには、科学的手法による多くの治療効果研究の影響があった。
 
日本でも2000年代以降、CBTpが少しずつ紹介されるようになったものの、「統合失調症に精神療法を行っても効果は乏しい」という誤解が医療関係者に根強く残っていたことに加えて、臨床心理学の分野では治療効果研究自体があまり行われていなかったことも理由となり、なかなか広がりをみせなかった。そこで筆者は、本書の共同編者である菊池、松本両氏とともに、日本におけるCBTpの実践経験の情報共有、スーパーヴィジョン、臨床研究協力を目的とした、精神科医と臨床心理士による「CBTpネットワーク」を2011年に結成した。本書はこのネットワークのひとつの到達点であり、日本における将来の臨床研究の基盤となるべき存在と位置づけている。
 
本書には、3つのフィールド「早期介入・触法事例・地域支援」の事例研究 (ケーススタディ) を通して、当事者のニーズや症状によって多様化する介入目標、クロスオーバーする基礎技法と応用技法など、CBTpのエッセンスが詳しく解説されている。
 
一方で筆者は、単なる技法を超えたCBTpの本質を、当事者を人として尊重しつつ、心理社会的に孤立させないための対話にあると考えている。読者には、CBTpを精神療法の技法としてだけではなく、精神障害を抱えた当事者への多種多様な支援法のひとつとしてとらえてもらいたい。また、実際の臨床場面では、CBTpだけで当事者を支えることはできない。つまり、心理的側面に介入するだけでは統合失調症の当事者支援は不十分なのである。多職種協働体制による「生物-心理-社会」の包括的な精神科医療のなかで、その実践と効果が検証されていくべきだということも忘れてはいけない。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 石垣 琢麿 / 2020)

本の目次

第I部 総 論
[序]日本におけるCBTpの普及とこれからの課題  丹野義彦
[概説]統合失調症のための認知行動療法 (CBTp) 山崎修道・石垣琢麿
 
第II部 早期介入
[解説]早期介入における実践 松本和紀
Ultra High Risk for PsychosisへのCBTp 西山志満子
自己臭恐怖をもつARMSへのCBTp-妄想に近い信念へのアプローチ 砂川恵美
初回エピソード精神病の発症過程における幻聴へのCBTp 濱家由美子
統合失調症初回エピソードにおけるCBTp  市川絵梨子
 
第III部 触法事例
[解説]触法事例における実践  菊池安希子
CBTpにおける治療関係の構築とケースフォーミュレーションの工夫  葉柴陽子
慢性統合失調症患者への認知行動療法被害妄想における他害行為傾向に対するアプローチ  古村 健
性暴力を起こした統合失調症患者へのアプローチ他害行為の再発予防のためのアセスメントと介入  壁屋康洋
病識が乏しい事例における他害行為への内省を深めるアプローチ  田中さやか
メタ認知トレーニングを活用した統合失調症へのCBTp  野村照幸
症状が慢性化した触法事例へのアプローチ  西村大樹
 
第IV部 多様な地域支援
[解説] 地域支援における実践  古村 健・石垣琢麿
民間カウンセリング機関における統合失調症圏のクライアントへのアプローチ  山内未佳
デイケアにおける統合失調症患者への実践IPSモデルにおける外来でのアプローチ  吉田統子
福祉事業所におけるグループワーク形式の簡易型CBTp当事者研究からSSTへの橋渡し  小林 茂
アウトリーチ (訪問) 支援におけるCBTp-不安感からくる生活上の困難をもつケースへの支援  佐藤さやか

 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています