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白にライムグリーン枠の表紙

書籍名

中公新書ラクレ 赤ちゃんはことばをどう学ぶのか

著者名

針生 悦子

判型など

216ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2019年8月8日

ISBN コード

978-4-12-150663-4

出版社

中央公論新社

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赤ちゃんはことばをどう学ぶのか

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多くの人が母語については、あまり努力した覚えもないのに気がつけばペラペラに話せるようになっていた、と思っている。実際、赤ちゃんを見ていても、悲壮な顔と努力で言語の勉強に取り組んでいる感じはしない。
 
このような子どもの母語獲得プロセスを手本にして新しい言語の学習をしようとするなら、語順やら活用やら細かいことにはこだわらずに言語は聞き流すだけ、ということになるのかもしれない。あるいは、このような「努力した覚えもないのにペラペラになる」学習が子ども時代限定のものだと考えて、子どもには(子どものうちに)できるだけ多種多様な言語を詰め込もうとすることになるのだろうか。
 
しかし、表面的にはあまり進歩がないように見える時期でさえ、子どもは何もしていないわけではない。音の聞き分け、単語の聞き取りとその意味の推測、文法の獲得、と、言語を使いこなせるようになるために必要なステップを着実に進んでいっているのである。その“見えない努力”の具体的な中身は、近年の研究でも次々と明らかにされてきた。たとえば、生まれたばかりの子どもは、母語では区別しないあらゆる音の違いをも聞き分けるが、この聞き分け能力は1歳の誕生日ころまでには母語に特化したものになる(母語で区別しない音の違いは聞き分けなくなる)など。ただ、このような知見を耳にして、「将来の外国語学習に備えるためには、1歳になる前にその言語のオーディオを聞かせ音の聞き分け能力が衰えないようにしなければ」と考えるとすれば、それは、発達の過程で子どもが示すさまざまな変化が、言語発達全体の中でどのような意味を持ち関連しあっているかを見落としている。
 
本書ではその前半において、このような個別最新の知見を、子どもの言語発達の流れ全体の中に位置づけ、それらの知見が示す個別の変化が、どのように有機的に積み上げられ、全体として言語の獲得へとつながっていくのかを概説した。こうしてまずは、子どもの母語獲得は、やはり多大な労力をかけて一歩一歩進められるものであることを確認する。そのうえで後半においては、日本語が全く話せない子どもが日本の保育園でどっぷり日本語につかって過ごす日々の観察などにもとづき、「教えなくても新しい言語をやすやすと身につけられる」という、大人の都合の良すぎる期待と子ども観に再考をせまる。
 
赤ちゃんの母語獲得は、その時期ならではの能力、知識だけでなく、環境にも支えられた独特なものである。その見かけだけを大人がマネたとしても、同様の効果が得られるものではない。本書がそのような気づきにつながり、また、赤ちゃん時代を過ぎてもなお新しい言語の習得に覚悟を決めて取り組もうとする人たちへのエールになれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 針生 悦子 / 2020)

本の目次

第1章 赤ちゃんは本当に「天才」なのか
子どもの母語獲得と大人の外国語学習/「爆発的な勢い」とは/チンパンジーと比べてみれば/なぜ父は子に負けたのか/大人:既に少なくとも1つの言語を知っているということ/赤ちゃん:まだ何も知らないということ/再び父の敗因について
 
第2章 まず、聞く
赤ちゃんの知識を調べる/母語を好む新生児/ことばは胎内でどう聞こえるのか/リズムと言語/単語の聞き取りをめぐる問題/音のつながり/人が変わるとわからない/敏感すぎるのも考えもの/言語音の聞き分け/赤ちゃんの音の聞き分けを調べる/LとRの区別/聞き分け能力の低下は食い止められるか/なぜビデオはダメだったのか/バイリンガル環境で音の聞き分けはどのように発達するのか/バイリンガル環境で何が起こっているのか
 
第3章 「声」から「ことば」へ
声はどのように発達するか/声がことばになるとき/音のかたちでモノの名前かどうかを判断する赤ちゃん/指さしの意味がわからない/なぜ人は指をさすのか/「私とあなた」の世界、「私とモノ」の世界/人に支えられての学び/単語の意味はどこまで?/単語の意味をめぐる「大人の常識」/いつ「大人の常識」に追いつくのか/モノの名前だけでは文にならないから/単語の種類を知る/手がかりは助詞/そもそも助詞を聴き取れているのか/子どもは「助詞は省略できる」という事実を知っていた/名詞とそれ以外との区別
 
第4章 子どもはあっという間に外国語を覚えるという誤解について
子どものときに覚えた言語は完璧?/早いうちにアメリカへ行けば英語は完璧?/実際に保育園に行ってみると/やりとりの始まり/6か月目のやりとり/会話に参加することの難しさ/6か月での到達点/それで“あっという間”というのは本当だったのか/なぜ私たちはそのように思い込んでいたのか/検証その1:なぜウワサが流れたのか/検証その2:本当に母語は苦労なく身につけられたのか/検証その3:早くはじめれば完璧になるのか/そのとき母語はどうなったのか
 
第5章 必要だから、学ぶ
子どもでも言語習得の道のりはとても険しい/忘れてはいけない母語と新しい言語との関係/言語学習は抽象的である/必要と感じられるからこそ/バイリンガルのなかにモノリンガルが2人入っているわけではない/子どもも「選ぶ」/子ども時代に経験した言語の影響は残っているのか/天は自ら助くる者を助く
 

関連情報

著者インタビュー:
サイエンスの招待 / 赤ちゃん、ことばを話すための努力 (広報誌『淡青』41号 2020年12月15日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00105.html
 
著者コラム:
赤ちゃんの「胎教」はどれだけ効果がある?研究者が語る意外な真実 (DIAMOND Online 2019年10月6日)
https://diamond.jp/articles/-/216345
 
「子どもに英語を教えるのは何歳からがいいのか」 (PRESIDENT Online 2019年8月19日)
https://president.jp/articles/-/29613?page=1
 
「早期教育でバイリンガル」はこんなにも難しい (東洋経済ONLINE 2019年8月8日)
https://toyokeizai.net/articles/-/294518
 
東大「赤ちゃん研究」が教えてくれた驚きの事実 (中公新書ラクレONLINE 2019年8月6日)
https://www.chuko.co.jp/laclef/online/interview/150663_112760.html
 
書籍紹介:
ビジネスパーソンの必読書 (産経新聞 2019年9月22日)
https://www.sankei.com/life/news/190922/lif1909220026-n1.html
 
新書ピックアップ (朝日新聞 2019年9月21日)
https://book.asahi.com/article/12737315
 
BOOKニュース (日刊ゲンダイ 2019年8月31日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/261116
 
新書 (日本経済新聞 2019年8月24日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO48914250T20C19A8MY6000/
 
書評:
ひらめきブックレビュー「英語の早期教育どこまで有効? 発達心理学が示す答え」 (日経電子版 2019年10月14日)
https://style.nikkei.com/article/DGXZZO50594800U9A001C1000000?channel=DF030920184327&n_cid=LMNST011
 

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