東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙にピンクや黄色の模様

書籍名

「認知科学のススメ」シリーズ ことばの育ちの認知科学

著者名

日本認知科学会 (監修)、 針生 悦子 (著)、 内村 直之 (ファシリテータ)

判型など

118ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2021年7月21日

ISBN コード

9784788517202

出版社

新曜社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

ことばの育ちの認知科学

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子どもは、周囲の人が話す言語を聞いて、自分でも話せるようになっていく。しかし、話す人が違えば声質は異なるし、嬉しいときと怒っているときでは声の調子も違ってくる。相手をからかったりするときは、わざわざふだんと違う話し方をしたりもする。このように言語を話す声の中では、同じ単語や文も、物理的な音としては多様なあらわれ方をする。
 
したがって、言語を身につけるには、話す声の中に、コアとなる言語の音—物理的な音として必ずしもぴったり同じでなくてもここが一致すれば同じ単語として聞くべきといった言語の音—を見つけ出し、声質の違いや話し方の違いに惑わされることなく言語を聞き取ることができるようにならなければならない。実際子どもたちもこのようなことができるようになる過程では苦労している。ゼロ歳後半に入っても、話す人が変わったり、話すときの調子が変わったりすると、単語を聞き取れなくなったりするのである。
 
それでもやがて子どもは、話し手が変わっても、話す調子が変わっても、話す声を聞いて言語を聞き取ることができるようになる。しかし、ここで今度は別の問題が立ち上がってくる。声の中に含まれる“言語以外の音”も、話し手に適切に応じるためには、すっかり切り捨ててしまうわけにはいかないからだ。たとえば、つらそうな調子で「大丈夫」と言う話し手の言葉を、私たちは言葉通りに受け取るわけにはいかない。相手に適切に応じるためには、“言語”と“それ以外”、その両方の音に目配りする必要がある。
 
このように、音として実現される言語は、その中の“言語”を“それ以外”から切り離し、言語として聞いて理解することを私たちに要求する。その一方で、実際のコミュニケーション場面においては、いったん切り分けた“言語”と“それ以外”を折り合わせて話し手の気持ちを汲むことも必要になる。
 
言語が話し声として実現されるがゆえのこのような問題に、子どもはどのように取り組み、言語の巧みな使い手となっていくのだろうか。また、周囲からの働きかけや、言語そのもののあり方は、その発達過程にどのような影響を及ぼしているのだろうか。本書は、この大きな問題に対して、「乳児向け発話」「単語アクセント」「オノマトペ」「言葉と話し方が裏腹な発言の真意の理解」といった切り口からアプローチした。心理学がこのような問題にどのような方法で取り組むことができるのか、その研究の記録ともなっている。本書の試みから、言語発達研究の広がりと、それに取り組む研究の面白さを感じていただければ幸いである。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 針生 悦子 / 2022)

本の目次

はじめに

1章 乳児向け発話の効用
    小さな子どもに対する特徴的な話し方
    子どもも好きな乳児向け発話(IDS) 3
    乳児向け発話は“言語の音”を破壊しているのか
    子どもの言語学習への影響
    どこがどのようにいいのか
    育児語はどこから来たのか
    いつ始めるのか,いつやめるのか
    親の育児語使用と子どもの言語発達
    子育ての知恵
    まとめ

2章 ピッチの上げ下げ――言語なのか,言語でないのか
    言語による違い
    中国語環境で育つ子どもの場合
    英語環境で育つ子どもの場合
    “言語の音”はどのようにしてわかるのか
    日本語の単語の区別におけるピッチパターン
    日本語環境で育つ子どもの場合
    補足実験
    まとめ

3章 “言語の音”のイメージ
    もともとそういう“音”なのか,経験から作られるのか
    誰もが同じ“音”から思い浮かべる共通のイメージ?
    日本語オノマトペのルール
    オノマトペの理解を調べる実験
    それは日本語母語話者ならではの感じ方だった
    外国語として日本語を学習することの影響
    日本語を学ぶと正答率が上がる理由
    日本語学習の最初期に習う“何か”
    日本語環境で育つ幼児のオノマトペ理解
    濁音文字知識の影響
    日本語の発音
    子どもに話すときのオノマトペ音声
    子どもの理解を助ける“声の演技”
    まとめ

4章 話し手の気持ちを読み取る
    言葉と話し方と気持ち
   「口調か言語内容か」を調べる
    幼児は「口調より言語内容」
    乳児における「声からの気持ちの読み取り」
    言語がわかるようになると
    口調から感情を読み取るのは難しい
    「注意の切り替え」も難しい
    まとめ
    残された問題
おわりに
文献一覧/索引
 

関連情報

著者インタビュー:
赤ちゃんは言葉を自然に覚える? 努力して覚える? (Benesseたまひよ 2020年6月14日)
https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=75465
 
講義:
赤ちゃんの言語獲得: 支える仕組みと脳、環境
針生 悦子 (東京大学 大学院教育学研究科 教授) (応用脳科学アカデミー 2022年8月2日)
https://www.can-neuro.org/2022/advance_nurture_2_2/1829/
 
2015年度「東京大学公開講座「心」」- 子どものことばを育む心 (東大TV 2015年11月29日)
https://todai.tv/contents-list/2015FY/2015autumn/07

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