ちくま新書 子どもに学ぶ言葉の認知科学
本書の主な素材は、息子の小学校時代の珍解答や日常のヘンテコなやりとりです。世間でも、子どものテストや宿題の面白解答は、今やネットをにぎわすひとつのジャンルとして成立いると言えそうです。こうしたコンテンツが人気な理由としては、大人にとっても「その思考のあり方、わかるわ!」という共感をおおいに呼ぶからに違いありませんが、実はそこから得られる発見は個人の共感にはとどまりません。そこから人間の何かがわかるのか、言語学・心理言語学・認知科学的知見でもって、もう一歩深く迫ってみるというのが本書のねらいです。身近に観察された個別の例をとっかかりにして、子供の、あるいは人間一般の心の働き、認知のしくみ、言葉の法則や性質について見えてくるものを読者のみなさんと共有したいと思って書きました。
私自身は普段、人間がどのように言語知識を運用してリアルタイムに文を理解するのかという、いわゆる心理言語学・文理解の研究をしています。これは大きくいえば認知科学という学問分野の一部ととらえることができるでしょう。認知科学とは、人間の知覚・記憶・思考などの知的機能を司るしくみに迫る研究分野で、心理学、言語学、計算機科学、芸術学などさまざまな視点からのアプローチが含まれます。人間の脳・心の営みに広く関わるのが認知科学ですが、本書では主に、認知科学のなかでもことばに関する題材をとりあげていきます。題材の中心は、私の身の回りで収集されたテストの解答やら作文やらですが、その他の記事・論文・書籍からTシャツのロゴ・町の看板まで、さまざまなところからも関連する情報 (ネタ) をとりあげます。第1章は、子供の言語習得そしてその後、という話題でスタートしています。第2章は文字の認識、第3章は日本語の統語構造、第4章はその処理について。第5章は音声知覚、第6章は語用論的推論、第7章は語の認識のしくみと人間の語彙知識の構成を扱っています。言葉に関する認知科学の分野を完全網羅できたわけではありませんが、それなりに多様な範囲を扱うことができているかと思います。
たとえば家庭教師先の子どもたちの、正解以外のあらゆるパターンの誤答に頭を悩ませる大人のみなさんにとって、目の前の問いに正解はしてないけれど子どもはちゃんと学んで進化している途中にある (かもしれない) ことが伝えられるといいな。あるいはそれらは、子ども限定でなく人間に普遍の知識や情報整理を垣間見せてくれる貴重な機会だということを示せたらいいな。また、職業として教育現場に携わる方々とも、こうした「普通に採点したらバツ」解答を、プロ教師としての目とはちょっと違った視点から愛でて一緒に楽しんでみたいな。そんな思いでお届けしたいと思います。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 広瀬 友紀 / 2024)
本の目次
第2章 逆さま文字、何が逆さま?――文字の認知
第3章 英語にあって日本語にないもの?――目的語と関係節、そして主語?
第4章 日本語って難しいの?――文理解と曖昧性
第5章 小さい「っ」の正体――特殊モーラと音声知覚
第6章 なぜ会話が通じるのか――語用論
第7章 頭の中の辞書をひく――メンタル・レキシコン
関連情報
東京大学教授・広瀬友紀先生に訊く「子どもの国語の間違いから学べること」。そうなった理由を探ってみたら、発見が! (HugKum 2022年12月13日)
https://hugkum.sho.jp/435661
「死む」「戦わさせて」…なぜそうなる? 子供の“言い間違い”、言語学から見た面白さ (現代ビジネス 2022年9月17日)
https://gendai.media/articles/-/99642
「ぎゅうにゅうぱく」「死む?」 息子の珍解答から迫る言語学の謎 (朝日新聞デジタル 2022年8月5日)
https://www.asahi.com/articles/ASQ846SQ9Q82ULEI005.html
書評:
犬塚元 (法政大学教授) 評 (好書好日|朝日新聞 2022年12月24日)
https://book.asahi.com/article/14800345
大関洋平 (東京大学准教授) 評 (『教養学部報』640号 2022年11月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/640/open/640-02-3.html
川口晴美 評 本よみうり堂 (読売新聞 2022年10月2日)
梯久美子 評「梯さんの今月の1冊」 (文藝春秋digital | note 2022年8月27日)
https://note.com/m_bungeishunju/n/n167fd600429e
岡ノ谷一夫 評「子どもの言語世界の混沌と豊穣」 (『ちくま』No.617 2022年8月号)
https://www.chikumashobo.co.jp/blog/pr_chikuma/entry/1593/
書籍紹介:
新書紹介 (日経新聞 2022年8月6日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63220900V00C22A8MY6000/
息子が持ってきたテストの珍回答を母である言語学者が考察してみた!~注目の新書紹介~ (GetNavi Web 2022年7月17日)
https://getnavi.jp/book/762298/
[ためしよみ] 子どもの「間違い」から、何がわかるのか――広瀬友紀『子どもに学ぶ言葉の認知科学』まえがき (webちくま 2022年7月12日)
https://www.webchikuma.jp/articles/-/2834
関連記事:
逆さま文字、何が逆さま?|宿題の認知科学最終回 (webちくま 2021年9月24日)
https://www.webchikuma.jp/articles/-/2545
対談:
高野秀行×広瀬友紀 <言語の/で未知を切り拓く> (『週刊読書人』 2022年9月30日)
https://jinnet.dokushojin.com/blogs/news/20220930