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白い表紙に黒のタイポグラフィ

書籍名

言語とフラクタル 使用の集積の中にある偶然と必然

著者名

田中 久美子

判型など

344ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年5月28日

ISBN コード

978-4-13-080257-4

出版社

東京大学出版会

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言語とフラクタル

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自然言語には、Zipf則として知られる大域的な---マクロな---性質が複数あり、それらは押し並べて冪乗則の形態をとる。自然言語のマクロな性質は、複雑系科学の系譜において主に論じられてきた。従来、言語は言語学で科学的に捉えられる以外に、自然言語処理分野で工学的に研究されている。このマクロな性質は、このいずれでもあまり取り上げられることのない言語の根源的性質の一つである。主として物理学誌において散発的に論じられてきていることから、研究フロンティアが見えにくかった。本書はこのフロンティアを複数の背景の観点からまとめるものである。
 
本書は、以下の4つを論じている。
1. 言語のマクロな性質としてどのようなものがあるのか。(第2, 3部)
2. マクロな性質とミクロな性質 (単語や文法など) はどのように関係するのか。(第4部)
3. その工学的意義は何か。(第5部)
4. 言語に関する思想とどのように関わり得るのか。(第6部)
 
1については、Zipf則の派生則としてHeaps則などが従来知られ、本書ではこれらの関係を整理している。その上で、Zipf則は極限定理として成り立つ、つまり、避け得ない統計的必然の上に言語が成立している、という立場を本書はとっている。さらに、Zipf則は、単語の分布についてのものであるが、マクロな性質には、もう一種類、系列に関する性質もあり、著者は自らフロンティアにおいて研究を進めてきた。そこからは文脈のゆらぎに見られる統計的自己相似性が浮かび上がる。
 
このようなマクロな性質は、ミクロな言語の性質に影響を与える。言語のミクロ的性質としては、単語や慣用句などの言語の要素の成り立ち、文法構造、また意味構造などを挙げることができる。これらが、マクロ的性質との関連でどのように説明され得るかを上の2では論じている。
 
続く上の3においては、言語に対するマクロな視点が、今日の言語工学を支える一つの科学の可能性でもあることを論じている。現在、自然言語の文書は、深層学習を利用し、系列から系列へと包括処理される。包括処理の一つの基礎は言語モデルとなるが、歴代の言語モデルは、本書で論じている冪乗則により、その特質を検証することができる。深層学習によるAIの飛躍が言われるが、その一端は、自然言語のマクロな性質を、深層学習に基づく言語モデルが満たし始めたこととして解釈される、と本書では論じている。
 
最後の4において、本書は、著者の前著『記号と再帰』の続編でもあることが説明される。『記号と再帰』では、記号が本来的に再帰的であることが論じられた。すると、記号の連関から成る系全体も、再帰的な態様を持つはずである。記号の系が有する全体論的な性質を構造主義では『構造』と言い表してきたが、その『構造』とは具体的に何を表すのか、ということについてはアナロジーによる説明に留められてきた。本書で論じるマクロ的法則は、冪乗則の形態をとる以上、それは統計的自己相似性を表すのであるが、それこそは、『構造』の一つの説明の形態である可能性を示唆する。
 

(紹介文執筆者: 先端科学技術研究センター 教授 田中 久美子 / 2022)

本の目次

第I部 導入
 第1章 はじめに
 第2章 普遍
 第3章 複雑系としての言語
 
第II部 要素の分布の特性: 開放性・稀少性
 第4章 順位頻度分布
 第5章 Zipf 則の普遍性
 第6章 派生的な冪乗則
 
第III部 系列の特性: 塊現象・長期記憶
 第7章 単語の出現間隔分布
 第8章 長相関
 第9章 ゆらぎ
 第10章 複雑さ
 
第IV部 統計的言語普遍から言語の部分構造へ
 第11章 言語要素の分節
 第12章 単語の意味・価値
 第13章 要素の大きさと頻度
 第14章 長期記憶と文法構造
 
第V部 統計的言語普遍と言語の数理モデル
 第15章 Zipf則に関する理論的考察
 第16章 数学的生成モデル
 第17章 言語モデル
 
第VI部 思索的考察
 第18章 再帰性・自己相似性と記号
 第19章 言語ゲームと稀少性
 第20章 統計的言語普遍と「構造」
 
結語
 第21章 結語
付記
 1 用語と記法
 2 数学的補足
 3 データ
 

関連情報

受賞:
第75回毎日出版文化賞(自然科学部門)『言語とフラクタル』 (毎日新聞社 2021年11月)
第75回毎日出版文化賞選評 (毎日新聞朝刊18面 2021年11月3日)
https://mainichi.jp/articles/20211103/ddm/010/040/027000c
 
著者インタビュー:
毎日出版文化賞の人々 /上 文学・芸術部門 河尻亨一さん/人文・社会部門 益田肇さん/自然科学部門 田中久美子さん (毎日新聞夕刊4面 2021年11月10日)
https://mainichi.jp/articles/20211110/dde/014/040/007000c
 
書籍紹介:
じんぶん堂: ビッグデータ時代における「情報」の知と人文知 紀伊國屋書店員さんおすすめの本 (好書好日 2022年1月31日)
https://book.asahi.com/jinbun/article/14531574
 
【編集部による新刊紹介】田中久美子 著 『言語とフラクタル』 (東京大学出版会 | note 2021年6月10日)
https://note.com/utpress/n/n3863f09bc30a
 
英語版:
Statistical Universals of Language - Mathematical Chance vs. Human Choice  (Springer刊 2021年)
https://link.springer.com/book/10.1007/978-3-030-59377-3
 

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