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オレンジの表紙

書籍名

パブリック・ヒストリー入門 開かれた歴史学への挑戦

著者名

菅 豊、

判型など

512ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年10月

ISBN コード

978-4-585-22254-5

出版社

勉誠出版

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パブリック・ヒストリー入門

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パブリック・ヒストリーとは、歴史学の分野で何らかの訓練を受けた人びとが、大学の研究室や教室といった専門的で学術的な場の「外」の社会へと飛び出して、そこで歴史学の知見や技能、そして思想を活かす幅広い実践を意味する。それは博物館や文書館、史跡、歴史公園といった場での歴史保全や展示から、学校での歴史教材の制作、映画やテレビ会社での歴史ドラマやゲーム業界での歴史シミュレーションゲームの制作、さらに法廷における先住民の権利訴訟での資料提供、自分の故郷の歴史や家族史の探索、デジタル・ヒストリーによる歴史データベースの公開、家族のルーツ探し、トレジャー・ハンティング等々、実に多彩な現場で執り行われている活動である。
 
かつて、歴史を作る行為は、専門的な歴史家だけが行うものと考えられていた。また、歴史を考える行為は、大学といったアカデミックな空間に閉じ込められていた。しかし20世紀末、象牙の塔に閉じ込められた歴史学を多様な人びとに開き、また多様な場に開こうとする挑戦が、欧米を中心に始められた。それがパブリック・ヒストリーであり、その動きはいまや世界中に広がり、歴史学の大きな潮流のひとつとなりつつある。本書は、そのようなパブリック・ヒストリーを、日本へ紹介した初の概説書である。
 
パブリック・ヒストリーの現場では、歴史の専門家とともに、歴史学の専門教育をとくに受けていない大多数の普通の市民も、歴史を取り巻く活動、すなわち歴史実践に一緒に携わっている。歴史実践に関わる一般の市民は、パブリック・ヒストリーの受け手であるとともに、パブリック・ヒストリーの重要な作り手、あるいは送り手でもある。パブリック・ヒストリーは、過去の世界を知り、過去を再構築する専門家の「机上」の研究ではない。それは現在、あるいは未来の現実世界を構築するために、専門家のみならず、それ以外の多様な人びとが協働して、「現場」で展開する研究・実践なのである。
 
パブリック・ヒストリーは時代、対象、地域の壁を乗り越える歴史学の営為である。どんなに古い過去の歴史であろうと、またどんなに遠くの場所の歴史であろうと、その歴史が《いま、ここ》に生きる人びとにとって重要な意味をもっていれば、パブリック・ヒストリーの課題となり得る。パブリック・ヒストリーとは、過去を過去のこととして過去に留め置くのではなく、過去と現在との終わることのない対話を通じて、過去を現在に関わるものとして現在に引き戻して、さらにこれからの未来に引き伸ばして、人びとのために役立てる「現在史」である。
 
現代社会において、歴史の重要性は恐ろしいほどに弥増すばかり。いま私たちが生きている世界で生起している深刻な諸問題は、そのすべてが歴史的課題として扱うことが可能であるといっても過言ではない。そのようななか、パブリック・ヒストリーの存在感は、今後社会のなかで、さらに増大していくことであろう。
 

 

(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 菅 豊 / 2020)

本の目次

序文 パブリック・ヒストリー―現代社会において歴史学が向かうひとつの方向性 菅 豊
 
I 理論 Theories
パブリック・ヒストリーとはなにか? 菅 豊
〈ありのままの事実〉を支えるもの―近代日本における歴史実践の多様性  北條勝貴
プラクティカル・パストと日本史―中世歴史実践史ノート 中澤克昭
 
II 実践 Practices
《歴史家とは誰か? Who is the Historian?》
 歴史と芸―神楽の過去を発掘する/演じるという歴史実践 俵木 悟
 いまに生きる、いまに生かす歴史的空間における歴史実践―「Oターン郷土誌家」を目指して 西村 明
 滋賀県下の字誌にみる歴史実践 市川秀之
 コラム:「武田家属将美名録」はなぜ配られたのか―ある末裔の歴史実践 及川祥平
 
《協働 Collaboration》
 「八重子の日記」をめぐる歴史実践 宮内泰介
 更地と工事現場からの文化創造と歴史実践―津波被災地における復興キュレーション 加藤幸治
 朝鮮・日本の歴史認識と市民的協働―「韓国併合」一〇〇年をめぐる日韓の運動から 加藤圭木
 コラム:「歴史」を回す―オビシャ行事とオニッキをめぐる歴史実践 金子祥之
 
《オーラル・ヒストリーとライティング・ヒストリー Oral History and Writing History》
戦争記憶をめぐる再帰的な歴史実践―オーラル・ヒストリーによる他者理解と自己理解 石井 弓
オーラル・ヒストリーの敗北宣言―想像の死者へ向けた手紙 金菱 清
コラム:「歴史」する聖地創出 川田牧人
 
《ミュージアムとアーカイブズ Museums and Archives》
歴史資料の保全と地域貢献・歴史実践 西村慎太郎
東京大空襲・戦災資料センターを拠点とした「東方社コレクション」をめぐる活動―共同研究の進展と成果の公開 小山 亮
コラム:民俗文化財に対する内部者の目線と外部者の目線 村上忠喜
 
《デジタル・パブリック・ヒストリー Digital Public History》
歴史のデータは誰のものか―Digital Historyがもたらす未来とは 後藤 真
「記憶の解凍」―資料の”フロー“化とコミュニケーションの創発による記憶の継承 渡邉英徳
コラム:歴史を刻む音楽―ある祭り囃子の「成長」 塚原伸治
 
《アートと歴史映写 Art and Historiophoty》
歴史・アーカイヴズ・アートの連環―青森EARTH〈2012 超群島〉/〈2013 すばらしい新世界―再魔術化するユートピア〉 飯田高誉
映像という歴史叙述 青原さとし
コラム:映像で文化を切り取る歴史実践の可能性―姫田忠義の映像製作 今井友樹
パブリック・ヒストリアンへの道程―あとがきにかえて 北條勝貴

関連情報

学術誌での書評・紹介等:
YUTAKA SUGA “The Challenge of Public History in Japan” (International Public History 2, p.14  2020年)
岡本充弘 (『史學雑誌』129編8号 2020年)
北村厚「歴史理論」 (『史學雑誌』129編5号 2020年)
 
新聞での書評・紹介等:
清原和之 評 (『九州歴史科学』第48号 2020年12月)
https://kyurekiken.hatenablog.com/entry/2021/04/30/161652
 
関礼子 (立教大学教授・社会学) 評 「専門家と市井の人々」 (『週刊読書人』 2020年4月17日)
https://dokushojin.com/review.html?id=7162
 
長谷川貴彦 (北海道大学教授) 評 「日韓「慰安婦」だけでない 欧州も歴史認識に深い亀裂」 (『日本経済新聞』 2020年2月8日)
https://style.nikkei.com/article/DGXKZO55382460X00C20A2MY5000?page=2

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