本書に登場する「コモンズ (commons)」という専門用語は、「複数の主体が共的に使用し管理する資源や、その共的な管理・利用の制度」と定義できる。それは現代社会における所有論や資源管理論の分野で、キーワードとして使用されている。
近年、自由主義諸国の政府の多くが、新自由主義的な政策により公共サービスを縮小させてきた。また政府は、経済や社会の自律性に政治が介入しないという至ってもっともらしい理念により、個人が市場原理に基づいて合理的に行動する競争原理を容認してきた。そして、政府の後ろ楯のもとに個人が過度に力をもち、過剰に競争することによって、個々の人間に勝者と敗者が生まれ、その間に不可逆的な格差を生じさせてきた。結果、社会は分断され、人間生活は不安定の度を増し続けている。
一方、その背景では、そのような政治の動きや経済の仕組みに対する疑念と反省が、日々高まりつつある。コモンズ研究を長年リードしてきたアメリカの政治学者エリノア・オストロム (Elinor Ostrom) が、2009年に経済学者ではないのにもかかわらず、そのコモンズ研究でノーベル経済学賞を受賞したことは、まさにそのような反省と無縁ではなかろう。現在、コモンズの重要性が問い直され、その可能性が注目されている。現代社会において、政府や個人のみでは掬いきれないような問題を処理するための、古くて新しい社会技法として、コモンズの可能性が模索されているのである。
本書は、日本のひとつの河川で長期に維持されてきたコモンズの様相を、歴史に着目しながらまとめ上げた民族誌である。従来の日本におけるコモンズの議論には、歴史学者や民俗学者がほとんど参画しなかったために、近世以来のコモンズの生成や変容という歴史的ダイナミズムを、具体的な史資料に基づいて分析する研究はなされてこなかった。その点で本書は、ひとつの「小さな」地域において、三百数十年間にわたるコモンズの生成と変容を微視的、実証的に描き出した点において、一定の成果を上げたものと自負している。そこで描かれた歴史像は、「小さな」フィールドの歴史像であることに間違いないが、しかし、それは日本の各地に生起したコモンズに「大きく」敷衍することのできる歴史像である。
また本書は、日本の伝統的なコモンズの過去を理解するだけではなく、そこから資源管理や環境保全に関して未来に向けた示唆を得ることを目的としている。たとえば、人間は他者と一緒に生きるために、どのような工夫を行ってきたのか?また社会は、どのように個人の利己的で反社会的衝動を管理してきたのか?さらに、どのような社会的な取り決めが長く持続できるのであろうか?このようなコモンズをめぐる疑問に答えることは、未来の社会を形作る上で大いに参考になる。
(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 菅 豊 / 2021)
本の目次
中文版序言
共有资源视角下的环境民俗学研究:
《河川的归属―人与环境的民俗学》导读
第一章 引言:河川的归属
第二章 河川与民众的交往
第三章 共有性资源:作为共有资源的河川
第四章 近世下共有资源的历史演变
第五章 共有资源与近代国家
第六章 共有资源在当下的变迁
第七章 结语: 河川归属“大家”所有
后记
引用与参考文献
年表 大川鲑鱼捕捞的历史
序言
コモンズの視角による環境民俗学研究:
『川は誰のものか―人と環境の民俗学』読書案内
第1章 川は誰のものか?―プロローグ
第2章 川と人々のつきあい
第3章 共的資源 コモンズとしての川
第4章 近世のコモンズの歴史
第5章 コモンズと近代国家
第6章 コモンズの現代的変容
第7章 川は「みんな」のものである―エピローグ
後記
引用・参考文献
年表 大川鮭漁の歴史
関連情報
https://www.chinesefolklore.org.cn/web/index.php?NewsID=20265
百度百科:
https://baike.baidu.com/item/%E6%B2%B3%E5%B7%9D%E7%9A%84%E5%BD%92%E5%B1%9E/57665227?fr=aladdin
自著解説 (中国語):
https://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/pub2103_suga.html
原著:
『川は誰のものか ―人と環境の民俗学』(日文版) (吉川弘文館刊 2006年1月)
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b33809.html
原著の書評:
岸上伸啓 (国立民族学博物館・総合研究大学院大学) 評 (『文化人類学』71巻4号p.560-562 2006年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcanth/71/4/71_KJ00004590218/_article/-char/ja/