東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

サンスクリット語の写真

書籍名

『阿毘達磨集論』の伝承 インドからチベットへ、そして過去から未来へ

著者名

高橋 晃一、 根本 裕史 (編)

判型など

162ページ、A5判、並製

言語

日本語、英語

発行年月日

2021年3月

ISBN コード

9784909658517

出版社

文学通信

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

『阿毘達磨集論』の伝承

本書で取り上げる『阿毘達磨集論 (あびだつまじゅうろん)』は、五世紀頃のインドの唯識思想家アサンガによって書かれた仏教の哲学書です。もともとはサンスクリット語で書かれた文献で、原題を『アビダルマ・サムッチャヤ』といいます。「アビダルマ」とは仏教の専門用語で、書物としての哲学文献を意味することもあれば、仏教の教理学体系を指して用いられることもあります。さらに踏み込んで、真理を悟る智慧を表す重要な言葉でもあります。非常に含蓄のある言葉なので、古代の中国では翻訳せずに「阿毘達磨」と漢字で音を写し取りました。一方、「サムッチャヤ」は「集成」を意味する語です。したがって、『アビダルマ・サムッチャヤ』とは「アビダルマの集成」という意味の書物で、これを7世紀の中国の僧侶であった玄奘が『阿毘達磨集論』と漢訳し、日本でも古くからこの名で知られていました。
 
ところで、この『阿毘達磨集論』のサンスクリット原典は多くの部分が失われ、断片的な写本が残っているだけでした。また8世紀頃にはチベットにも伝えられ、多くの註釈がチベット語で作成されたことが記録から知られていましたが、そのほとんどは散逸したと考えらえていました。しかし、21世紀になって、状況が一変します。
 
まず、中国蔵学研究中心という研究機関で保管されていた写本資料の中から、『阿毘達磨集論』のサンスクリット原典が新たに見つかり、失われていたと思われていた部分の多くが、復元可能となりました。それが2009年頃のことです。また、カダム派と呼ばれるチベット仏教最初期の学派の文献資料が大量に見つかり、そのレプリカが2006年以降、4回に分けて公刊されました。その中に、『阿毘達磨集論』に対するチベット語の註釈が11本も収められていました。こうして、『阿毘達磨集論』を研究するための資料の状況が大きく変化しました。
 
新資料の発見だけではなく、資料の扱い方も大きく変わりました。コンピュータで扱える電子テクストが作成されるようになったのは30年以上前ですが、今日の人文情報学では、文字列だけからなる単純な電子テクストを扱うのではなく、マークアップ言語を活用して、文字化されていない情報や、文章に内在している情報を電子データとして記録したり、テクストを構造化し、必要な情報へのアクセスを容易にすることが求められています。こうした新しいテクスト分析の技法と古典文献研究の関わり方を考えることも、これからの人文学にとっては重要な課題です。
 
本書は新出資料に基づいて、『阿毘達磨集論』がインドからチベットへ伝承される過程で記録された、学術的に興味深い情報を紹介することを目的としています。そのため、副題に「インドからチベットへ」と付けました。また、そうした資料を将来にわたって有効に活用するために、人文情報学の観点から適切に構造化された電子テクストを構築することについても考察してます。副題の「過去から未来へ」はそうした意味を込めています。内容は専門的で難しいかもしれませんが、仏教学の現状を概観してもらえれば幸いです。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 高橋 晃一 / 2021)

本の目次

序にかえて  高橋晃一
1.『阿毘達磨集論』とは
2. 著者アサンガについて
3.『阿毘達磨集論』に関する新資料
4.『カダム全書』所収の『阿毘達磨集論』注釈
5. XML による電子テキストの作成

Chapter 1
『阿毘達磨集論』における「アビダルマ」とは何か?──『カダム全書』所収資料を手掛かりに──  高橋晃一
1.「アビダルマ」という概念
2. 注釈書における扱い
3.『倶舎論』におけるアビダルマの定義
4. チョムデン・リクレルのアビダルマ解釈
5. パンロツァーワとロドゥギェンツェンの解釈
6. プトゥンのアビダルマ解釈
7. チョムデン・リクレルのアビダルマ理解の意義― 結論にかえて―

Chapter 2
Hidden Intentions (abhisadhi) in the Abhidharmasamuccaya and Other Yogācāra Treatises  Achim Bayer
1. Hidden Intentions: From Graded Discourses to the Saṃdhinirmocana
2. Precursors of Yogācāra abhisaṃdhi
3. Hidden Intentions in Yogācāra Treatises
4. The ālayavijñāna in the Yogācārabhūmi and the Abhidharmasamuccaya
5. The Structure of the Abhidharmasamuccaya
6. The abhisaṃdhi section in the Abhidharmasamuccaya

Chapter 3
ションヌ・チャンチュプ『阿毘達磨集論』註釈の思想史上の位置づけ  彭毛才旦
0. 問題の所在
1. ションヌ・チャンチュプによる中観派分類
2. チョムデン・リクレル等による中観派分類
3. チョムデン・リクレルとゲルク派の相違
4. シャーキャ・チョクデンによる中観派分類
5. 結論

Chapter 4
『阿毘達磨集論』の梵文写本について  李 学竹
1. Abhidharmasamuccaya の断片写本
2. Abhidharmasamuccayavyākhyā写本A
3. Abhidharmasamuccayavyākhyā写本B
4. おわりに

Chapter 5
チベット撰述注釈書の構造化記述について──チョムデン・リクレル著『阿毘達磨集論釈・荘厳華』に対して──  崔 境眞
1. チョムデン・リクレルと『阿毘達磨集論釈・荘厳華』について
2. XML による構造化記述
3.『阿毘達磨集論釈・荘厳華』に対する XML マークアップの具体例
4. 終わりに

Chapter 6
チベット仏教文献研究の覚書──源流・内在・幻出──  根本裕史
1. 何のためにチベット仏教文献を学ぶのか
2. チベット語訳の諸問題
3. チベット仏教文献の価値
4. おわりに
 

関連情報

書籍紹介:
新刊情報 (広島大学 大学院人間社会科学研究所)
https://www.hiroshima-u.ac.jp/gshs/syoseki/0032

このページを読んだ人は、こんなページも見ています