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イスラム模様の表紙

書籍名

イスラーム法の子ども観 ジェンダーの視点でみる子育てと家族

著者名

小野 仁美

判型など

288ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2019年11月30日

ISBN コード

978-4-7664-2641-0

出版社

慶應義塾大学出版会

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イスラーム法の子ども観

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イスラーム法は、神によって与えられた人間の行動の指針であるとされる。では、そこで「子ども」はどのように捉えられているのだろうか。本書では、西暦9世紀から19世紀までにイスラーム圏の各地で書かれた古典法学書を資料とし、イスラーム法学者たちの想定していた子育てや家族の姿を探った。
 
本書でいう「子ども」とは、父親と母親によって育てられる「子ども」であると同時に、成人する前の未成年者のことを指している。イスラーム法の定義する成人とは、身体的成熟、すなわち女性なら初潮、男性なら最初の射精が見られたことが指標となる。神の命令であるイスラーム法を順守する義務を負うようになるのは成人して以降とされ、子どもはその対象ではない。にもかかわらず、イスラーム法には、子どもに関わる規定が豊富に存在する。両親をはじめとする周囲の大人たちが、子どもたちをどのように扱うのかが示されるためである。
 
フィリップ・アリエスは、有名な著書『<子供の誕生>』(原著1960年) において、ヨーロッパにおいて、「子ども」という概念は近代の産物であり、中世の時代には、子どもが「家族」によって育まれ、学校で教育される存在ではなかったことを、日記や手紙のほか絵画などを史料として明らかにした。イスラーム圏には、そうした日常を鮮やかに切り取ることのできるような史料は乏しいが、イスラーム諸学の中核ともいえる法学を記した古典法学書を、他の複数の種類の史料と併せて読み解くことで、イスラーム教徒たちの子ども観が見えてくる。
 
本書の第一章では、子の出生から成人するまでの成長段階に応じた法的能力に着目し、法学者たちが「子ども」をどのようなものとして捉えて区分していたのかを考察した。つづく第二章と第三章では、父親の子に対する大きな権限と責任、母親の権利義務と「母性」の捉え方を検討した。そこには、子に対する愛情や、「子の利益」についての言及も見られる。そして最後の第四章では、子どもへの教育の第一歩であるクルアーン教育について、法学者たちがその教育観や教育内容について示した記述を紹介した。
 
本書を刊行したことで、イスラーム圏だけでなく、日本や西洋をはじめとする他の地域を対象とする歴史学、教育学、文化人類学、法学など様々な分野の研究との比較研究の機会が生まれた。専門分野を超えた共同研究の幅が広がったことは、何よりもありがたいことである。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 助教 小野 仁美 / 2021)

本の目次

 序論
1 法学書を子ども観から読み解く――本書の目的
2 本書の特徴と意義
3 イスラーム法学書の歴史と概要
 
 第一章 人間の成長段階と法的能力
1 イスラーム法における子どもの概念
2 身体的成熟と法的能力の変化
3 弁識能力という指標
4 未成年者としての「子ども」と法的能力
 
 第二章 父の権限と子への義務
1 実子の確定
2 子の宗教と新生児儀礼
3 父子相互の権利と義務
4 父は子に対して絶対の権限をもつのか
5 父という存在の考察
 
 第三章 母の役割と「子の利益」
1 母の授乳は義務なのか
2 乳母の雇用をめぐる問題
3 監護をめぐる母の権利と子の権利
4 「子の利益」を守るという価値観
 
 第四章 子どもへのクルアーン教育
1 子どもへの教育を示す言葉
2 クルアーン教師の雇用規定
3 マーリク派法学者による教育専門書
4 マーリク派法学者の教育論
5 ムスリム社会の担い手としての子どもたち
 
結論――イスラーム法の子ども観が映すもの
 
 あとがき
 注
 参考文献
 索引
 

関連情報

受賞:
2020年度 第15回女性史学賞 (奈良女子大学アジア・ジェンダー文化学研究センター 2020年10月20日)
https://nwugender.wordpress.com/2020/12/09/%e3%80%90%e4%b8%bb%e5%82%ac%e3%80%912020-%e5%b9%b4%e5%ba%a6%e3%80%80%e7%ac%ac15%e5%9b%9e%e3%80%80%e5%a5%b3%e6%80%a7%e5%8f%b2%e5%ad%a6%e8%b3%9e%e3%80%80%e6%8e%88%e8%b3%9e%e5%bc%8f/
 
書籍紹介:
ジェンダーの視点でみるイスラムの育児 歴史から迫る (朝日新聞大阪支社版夕刊 2021年1月28日)
https://www.asahi.com/articles/ASP1Y2JL6P1QPLZU001.html
 
書評:
森田豊子 (鹿児島大学グローバルセンター特任准教授) 評 (『イスラーム世界研究』第14巻p.370~p.373 2021年3月)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/262514/1/I.A.S_014_370.pdf
 
中田有紀 (東洋大学アジア文化研究所) 評 (『アジア教育』第14巻p.95~p.99 2020年11月20日)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajiakyouiku/14/0/14_95/_article/-char/ja/
 
阿部尚史 (お茶の水女子大学文教育学部助教) 評 (『ジェンダー史学』2020年第16号p.89~p.90 2020年
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/genderhistory/list/-char/ja
 
長沢栄治 (東京大学東洋文化研究所西アジア研究部門名誉教授) 評「コラム 歴史の風:「イスラーム・ジェンダー学」から学んだこと」 (『史学雑誌』第129編 第3号 2020年3月20日)
http://www.shigakukai.or.jp/journal/index/vol129-2020/#back_03
 
シンポジウム:
シンポジウム「人権と向き合う現代世界 —権力と人権をめぐる現代人類史・誌的省察のために」開催について (立教大学史学科 2021年6月19日)
https://arts.rikkyo.ac.jp/news/2021/l7hqge0000000zxu.html
 

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