東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

勝本みつるによるアッサンブラージュ

書籍名

ハインリッヒ・フォン・クライスト 「政治的なるもの」をめぐる文学

著者名

大宮 勘一郎、 橘 宏亮、西尾 宇広、R・クリューガー、G・ノイマン、W・ハーマッハー、H・ベーメ

判型など

364ページ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2020年3月19日

ISBN コード

978-4-900997-78-3

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ハインリッヒ・フォン・クライスト

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本書は、1800年前後にドイツで活躍した劇作家・詩人ハインリッヒ・フォン・クライスト (Heinrich von Kleist, 1777-1811) に関する論文集である。ただし、個別の作品研究を単に羅列したものではなく、彼の作品群に通底する主題である「政治的なるもの」への問いを、様々な観点から考察するものである。
 
そもそもクライストは、政治と不可分の作家である。プロイセンの将校を輩出する軍人の家庭に生まれ、フランス革命からナポレオン帝政に至る時期に作家としての修練を積み、戦乱によってドイツの国制が脅かされ大きな変化を求められていた時期に、集中してほとんどの作品を書きあげ、しかもそれらにおいて法と政治 (『ホンブルク公子フリードリヒ』)、植民地解放=奴隷解放闘争 (『聖ドミンゴの婚約』)、「夷狄」排除と「Volk」の脱領土性 (『ヘルマンの戦い』)、群集動員 (『チリの地震』)、愛と戦 (『ペンテジレーア』) といった政治的要素を特異に表現した。
 
本書は、クライストがそうした要素を単なる素材としてではなく、自らの文芸を構築する本質的要素にまで高めた点に、とりわけ着目する。彼が時に示した党派的態度のために、時代によって (例えばナチス政権下のように) 政治的濫用を被りもしたクライストだが、その今日的意義を探ろうとするならば、「政治的」詩人として党派を特定することにはさして意味はない。彼は、「政治的なるもの」の自明性の揺らぎと新たな生成を目の当たりにしつつ、一方ではその概念的変容を思考し、他方でその原理的・根源的な水準にまで立ち戻ろうとした。彼の作品はこうした両極間で大きな振幅を示している。この双方に鑑みつつ、「政治的なるもの」に表現を与えた詩人としてクライストを考察することこそが、今日において重要であり、本書の執筆者は、こうした問題意識を共有している。
 
政治の領域のみならず、芸術作品の制作に関しても破壊と構築的作用は表裏をなす。従来クライスト作品の美的および説話的構成要素とされてきた夢や陶酔、夢遊病のような無自覚的行為、発作的憤激、会話の中断・飛躍さらには予言や疫病といったモティーフの諸特性もまた、いずれも破壊と構築という両義性を帯びている。こうした点への着目は、政治に関する古典的合意と文芸に関する規範上の合意がともに失われ、新たな枠組みへの模索が様々な障害と試練に晒されているという、今日的文脈においてクライストを読もうとするならば必須であろう。実際クライストは、上記のように、おのれの主観のみを恃むかのような反逆者や敵愾心をたぎらせた義勇軍など、当時新たに浮上した多様な政治的行為者を、悪しき逸脱現象と見なすのでも無条件に肯定するのでもなく、それぞれに固有の論理を探りながら造形している。クライストは、決して「政治的なるもの」に、ましてや「戦争」に魅了された作家ではない。むしろ、目を背けたくなるものにも目を凝らし続けることをおのれに課した作家である。そのようなクライストの作品と取り組む本書もまた、文芸と政治的なるものの今日的な課題に自覚的な議論となることを目指すものである。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 大宮 勘一郎 / 2021)

本の目次

まえがき
 
クライスト略伝
 
わたしの言う自由とは─クライスト「ヘルマンの戦い」と「聖ドミンゴの婚約」における夷狄支配
        ルート・クリューガー / 西尾宇広 訳
 
「ペンテジレーア」─「政治的なるもの」と「愛」
        大宮勘一郎
 
流動化する国家─クライストの政治的著作における共同体の問題について
        橘 宏亮
 
機械仕掛けの国父─クライストにおける〈君主〉の形象
        西尾宇広
 
口ごもる言葉と躓く身体─クライストの文化的人間学概要
        ゲルハルト・ノイマン / 大宮勘一郎 訳
 
描出の揺らぎ─クライストの「チリの地震」
        ヴェルナー・ハーマッハー / 大宮勘一郎、橘 宏亮、西尾宇広 訳
 
「事態のこの恐ろしい変転」─クライスト作品における事物の作用力
        ハルトムート・ベーメ / 橘 宏亮 訳
 
クライスト主要作品梗概
 
あとがき
 

関連情報

書評:
眞鍋正紀 評「「政治的批判のポテンシャル」を備えた、アクチュアルでスリリング、精緻な文芸研究――クライスト作品を読もう、読み込もうとする者にとっては必携の参考書」 (『図書新聞』第3456号 2020年7月18日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3456

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