東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

切り倒した木と森の写真

書籍名

東大式 癒しの森のつくり方 森の恵みと暮らしをつなぐ

判型など

240ページ、四六判、並製

言語

日本語

発行年月日

2020年10月

ISBN コード

978-4-8067-1608-2

出版社

築地書館

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東大式 癒しの森のつくり方

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本書は、東京大学演習林のひとつ、富士癒しの森研究所 (以下、研究所) の理念と、「癒し」を得ながら森と付き合うアイデアをまとめたものである。研究所は、保健休養機能と呼ばれる、レクリエーションなど休養の場として活用できる森林の特性を重視した教育・研究活動を行っている。2011年からは、「癒しの森プロジェクト」を掲げ、保健休養機能に優れた森林が自律的に維持される社会的仕組みの実現を模索してきた。本書の要点をごく簡単に言うと、森がもたらす恵みや癒しを私たち一般市民がより身近に、そして積極的に得ようとすることで、森づくりにもつながるだろう、ということである。そうした観点から、なるべく一般市民に読んでもらえるような説明にし、森に親しめるような実践的なアイデアも豊富に盛り込んだ。
 
一方、本書は、現在の日本に横たわる、森林と社会の関係をめぐるやや深刻な問題をも意識している。
 
森林の手入れ不足。多くの人が、こんな言葉を最近耳にしているのではないだろうか。特に、豪雨によって山林が崩れた時、あるいは、野生動物による深刻な被害が発生した時に、その要因としてしばしば言及される。もちろん、すべての原因をここに求めることには無理があるが、十分に管理ができずにいる森林が広範に存在していることは事実である。
 
なぜ管理ができずにいるのか。これへの答えはシンプルである。森林を管理するインセンティブが十分に働かないからである。森林を管理するインセンティブとはなにか。これまで主に想定されてきたのは、林業 (=木材生産) である。より付加価値の高い木材を生産するために、林家 (あるいは林業従事者) は、間伐などの手入れを行う。これが、森林の公益性も担保する管理行為になる。そのようなシナリオが想定されてきた。しかし、およそ半世紀にわたりし、林業の採算性は悪化し続け、補助金が投入されてようやく収支を釣り合わせられるのが実情である。つまり、このシナリオはいま、絵に描いた餅と化しているのである。
 
このシナリオは、経済活動 (産業) を重視する近現代社会における、いわば「一般解」である。分業を前提とし、林業を営む者にのみが森林管理を担い、その他一般市民は、市場を通じて木材あるいは木材を原料とする商品を購入することでしか、森林に関わることがない。本書では、この状況を野球と社会の関係になぞらえ、「まるでプロ野球の選手とプロの試合を観戦する観客しかいない」状況ととらえる。そして、「もう一つの解」として、市民自らがプレーヤーとして参加する「草野球」のような関わり方を提案する。「もう一つの解」において、森づくりのインセンティブとなるのは、森がもたらす「癒し」ではないのか、研究所ではそのように考えている。森の癒しと言った時、一体どんな体験が期待できるのか、あるいは、どんな森と人の関係性が描けるのか、詳しくは、是非本書を読んで考えを深めていただきたい。
 

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 講師 齋藤 暖生 / 2021)

本の目次

はじめに

第1部  癒しの森と森づくり

第1章  富士山麓・山中湖畔で始まる、新たな森と人とのつながり
1 東京大学の森「富士癒しの森研究所」
  なぜ山中湖畔に東大が
  時代背景と研究テーマの変遷
2 山中湖村のたどった道─寒村から国内有数のリゾート地へ
  山野の恵みにたよる厳しい暮らし(江戸時代?明治時代)
  観光による開発の兆し──富裕層向けの保養地(大正時代~昭和初期)
  山中湖村の発展と生業の急激な転換(戦後・昭和時代)
  森と人の断絶と日本有数の保養地の衰退(平成時代)
3 「癒しの森プロジェクト」、始まる!
  たどりついたのは「癒し」
  「癒し」という森の恵み
  「癒し」が森と人をつなぐ可能性
  「癒しの森プロジェクト」は山中湖村だけのもの?
  地域の事情によりそった、森と人との関係をつくる

第2章  みんなでつくる癒しの森
1 癒しの森ってどんな森?
  日本の社会と森の癒し
  癒しの森とはどんな森か
  癒しの森からもたらされる「癒し」
2 森は動いている
  日本の風土と森
  人の暮らしがつくった風景
3 癒しの森のつくり方
  社会があってこその癒しの森
  暮らしを見つめ直す
  森林所有者とのつながり
  癒しの森にフィットする技術──安全・快適・簡易
4 癒しの森づくりが拓く未来

第3章  癒しの森を支える技と心得
1 森にひそむ危険
  樹木がもたらす危険
  その植物、「さわるな危険」
  ハチ─痛いだけならいいけれど……
  マダニ─かゆいだけならいいけれど……
  野生動物─意外と身近にいます
2 癒しの森のリスク管理
  樹木の管理
  危険の見つけ方
  【コラム1】 樹木の見た目は生き様
  動植物のコントロール
3 森を快適に保つ
4 あっ、危ない!─山しごとを安全に行うために
  身を守る装備
  伐倒作業
  【コラム2】 東屋(あずまや)─道ぞいの危険木を有効利用
  刈り払い作業
  高所作業
5 森づくりの便利な道具
  ポータブルロープウインチ─力がなくても重いものを動かせます!
  簡易製材機「アラスカン」─木を伐ったその場で製材ができます!
  【コラム3】 台風被害木を生かすアイデア─パネル式看板再生プロジェクト
  無煙炭化器─じゃまになる枝・灌木をかたづける[1]
  木材チッパー─じゃまになる枝・灌木をかたづける[2]
  薪割り道具いろいろ
  【コラム4】 癒しの森からの木材を活用した建物─富士癒しの森講義室

第4章  薪のある暮らし─癒しの森の原動力
1 古くて新しい薪
2上手な薪の使い方
  薪を燃やすということ
  薪は乾燥が命
  薪をケチってはいけない
  薪はかさばる
  【コラム5】 薪棚をつくろう
  よい薪・悪い薪
3 薪ストーブを選ぶ
4 薪を割る
5 薪を積む
6 薪で料理を楽しむ

第2部  癒しの森でできること

第5章  癒しの森で学ぶ
1 自分たちの手で癒しの森をつくる
  心地よい森の中でのグループワーク
  道づくり
  立木を生かした遊具をつくる─縄ばしごとブランコ
  やまなかふぇ─素敵なバーカウンターができました
2 森のエネルギーを使いこなす
  薪割りと薪の体積計測
  間伐と間伐材の価値の試算
  炭焼き体験と収炭率
  森のエネルギーで調理実習
3 癒しの森をデザインする
  先入観なしに森に関わるスケジュール
  アイデアいろいろ
  ●えだまり ●まるぼっくい ●ひとりふたりほとり
  ●くーぐる ●Gym.こもれび
  ●The Healing Pit "Yes, We Dig" ●浮庵fuan 
  ●あめおと ●簾簾幽席 ●くもの巣迷路 ●全緑疾走
4 癒しの森を使った音のワークショップ

第6章  山しごとをイベントに
  柴刈りと柴垣づくり
  下草刈りと芝刈り
  堆肥づくり
  落ち葉焚き
  フットパスde森づくり
  癒しの森の植生調査隊
  薪原木の競り売り
  薪づくりのための安全作業講習会と間伐木の搬出

第7章  癒しの森でこころを整える
1 森林散策カウンセリングとは
2 カウンセリングに最適な森林空間とは
  【コラム6】 森林散策カウンセラーになるには?
3 こころのために森を使う
  ちょっとした相談や話し合いを森で
  リフレッシュに最適

おわりに
引用・参考文献
著者紹介
 
浅野友子(あさの・ゆうこ)
齋藤暖生(さいとう・はるお)
藤原章雄(ふじわら・あきお)
辻 和明(つじ・かずあき)
西山教雄(にしやま・のりお)
竹内啓恵(たけうち・ひろえ)
齋藤純子(さいとう・じゅんこ)

関連情報

関連記事:
あちこちそちこち東京大学:齋藤暖生「森の癒し」を探求するフィールド (東京大学『学内広報』no.1550 2021年9月24日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/kouhou/1550/03column.html#%E3%81%82%E3%81%A1%E3%81%93%E3%81%A1%E3%81%9D%E3%81%A1%E3%81%93%E3%81%A1%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6
 
森林文化のタネをまく/齋藤暖生の森林政策学@山梨県 (東京大学広報誌『淡青』35号 2017年10月24日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/t_z0508_00065.html
 
著者インタビュー:
富士山インタビュー vol.88 齋藤暖生「信仰の山である富士山は、麓に住む人々の暮らしや生業の場でもあったんですよ」 (認定NPO法人 富士山世界遺産国民会議ホームページ)
https://www.mtfuji.or.jp/thought/interview/vol88
 
コンセプト・ヴィレッジの人々 Vol.31「人が森に求めるもの。森が人に語り掛けること。―東京大学「富士癒しの森研究所」を訪ねて―」 (フジヤマスタイル ホームページ)
https://fujiyamastyle.com/cv/people/cont031.html
 
書評:
牧野耕輔 評 (鹿児島大学農学部附属演習林) (『林業経済』2021年74巻6号p.18-20 2021年9月号)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rinrin/74/6/74_18/_article/-char/ja/

書籍紹介:
黒岩知恵 新刊紹介 (『砂防学会誌』第74巻第3号 (通巻356号) 2021年9月)
https://jsece.or.jp/journal/shinsabo/no356/
 
本の紹介 (会誌『森林技術』No.945 2021年1月10日)
http://www.jafta.or.jp/contents/shinringijuts/23_month1_detail.html
 
BOOK (月刊『グリーン・パワー』1月号 2021年1月1日)
https://www.shinrinbunka.com/publish/greenpower/22883.html
 

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