TIAS Central Eurasian Research Series no. 7 Private Archives on a Makhdūmzāda Family in Marghilan

中央アジアを理解するうえでイスラームは最も注目すべき要素の一つである。特に前近代のイスラームの実践において重要な役割を果たしていたのが、修行によって神との合一を追求するスーフィー教団であり、とりわけブハラを本拠地としたナクシュバンディー教団は、歴代の政権と民衆の双方に対して政治、経済などの社会面でも大きな影響力を持っていた。また、19世紀末、ロシア帝国への併合によりムスリム社会の秩序が脅かされる局面では、教団の指導者は、ロシアに対する「聖戦」を企てる地域社会の統率者にもなった。有力な指導者は、死後も聖者廟に祀られ、後世にわたって存在感を示し続けた。
 
しかし、ソ連時代の無神論イデオロギーの制約により、この分野は歴史研究において長らく顧みられなかった。ソ連邦の解体後、独立諸国におけるナショナリズムの高揚を背景に中央アジア史研究は飛躍的に発展しつつあるが、中央アジア最後のイスラーム王朝である18～19世紀のブハラ、ヒヴァ、コーカンドのウズベク三ハーン国時代に関しては、史料の多くは散逸してしまっている。
 
本書は、コーカンド・ハーン国期 (18世紀初頭～1876年) にフェルガナ盆地の主要都市マルギラン (現在のウズベキスタン) を拠点に活動したナクシュバンディー教団の「マフドゥームザーダ」と呼ばれた指導者一族に関する民間所蔵史料集であり、解題、影印、校訂テキストから成る。チャガタイ語およびペルシア語で書かれた31点の文書と2種4冊の写本が所収され、内容は、1) 一族のサイイド (預言者ムハンマドの子孫) としての系譜書、2) サイイドの優越性に関するファトワー (法学者による見解)、3) コーカンド・ハーンによって発行された免税の勅令、4) 一族の財産に関する証書類、5) 一族出身で19世紀後半の有力な指導者ワリー・ハーン・トラの聖者伝から成り、大半が19世紀に由来する。
 
これらは、すべて筆者が現地調査で収集した史料である。この一族については、コーカンド・ハーン国の歴史書やロシア帝国期の行政文書から極めて断片的に知られるものの、その素性は不明であった。しかし、フェルガナ盆地各地の聖者廟で聞き取り調査を重ねるうちに、一族の子孫が各地に散住しており、それぞれがソ連時代の厳しい監視の目をかいくぐって自らの歴史に関する史料を秘密裏に所蔵してきたことがわかったのである。これらの史料を合わせて検討すると、一族はマルギランの町の発展に貢献して繁栄し、上述のワリー・ハーン・トラはロシア軍に抵抗して「聖戦」を率いた地域社会の指導者であったことが明らかとなった。
 
本書は、このようなソ連時代を生き延びた民間所蔵史料が発見される可能性と、それらの史料が中央アジア史の一端を解明する可能性を示す試みでもあった。中央アジア史研究にはまだ多くの開拓の余地があることを知るきっかけになれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 附属図書館 准教授 河原 弥生 / 2022)