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中世の道路地図

書籍名

地図で考える中世 交通と社会

著者名

榎原 雅治

判型など

400ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年3月25日

ISBN コード

9784642029698

出版社

吉川弘文館

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地図で考える中世

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中世の地方社会で人々がどのような生活をしていたかを語る文献史料は少ない。土地の領有関係や徴税制度など、国家や領主の支配とかかわることは、当時の文献史料から具体的に知ることができるが、一般の人々がどこでどのような暮らしをしていたのかは、きわめて断片的にしか知ることができない。
 
地方都市や交通についてもそうである。どこに、どのくらいの大きさの町があり、どのような交通システムが機能していたのか、文献史料の語るところは少ない。そこで、本書では、中世の文献史料に加え、考古学の研究成果や近世商人に伝えられた秘伝書、江戸時代における史料調査の成果というべき地誌、中世の絵画や物語、さらに現在に残る地名、寺社の立地や創建伝承なども活用して、陸上交通の結節点である宿場のあり方や、交通のシステムを解明することを試みた。
 
本書で注目したのは、江戸初期の会津地方の行商人の子孫が所持していた「連釈之大事」と呼ばれる秘伝書に描かれた「宿立図」である。これは彼らが考える宿町の理想的な空間構成が示されている。それは町の両端に薬師如来と阿弥陀如来を配し、一定の規模をもつ宗教的な空間として描かれている。実際にこのような姿の町があったのか? 史料の一見したところの荒唐無稽さから、これまでほとんど検討されてこなかった問題であるが、本書では、古今の地図や江戸時代の地誌を頼りに、この図に適合する町を捜してみた。
 
そうしたところ、鎌倉と京都を結ぶ中世東海道、鎌倉と北関東を結ぶ街道上の宿に、適合する事例をいくつも見つけることができた。一方で京都以西や、関東でも特定の街道上以外には見つけることができなかった。さらに適合する宿町の歴史を調べていくと、その宗教的な空間構成は、鎌倉時代後期に、熊野修験者や時宗信者ら遍歴の宗教者と鎌倉幕府が結びつく中で形成されていったことが見えてきた。鎌倉を基点とする幹線道路を構築しようという幕府と遍歴の宗教者の協業によって、共通の規格をもつ宿場が作られていったものと考えられる。さらに遍歴の宗教者とは行商人としての顔ももっていた。政治と修行・布教の道は通商の道でもあった。
 
以上は本書の第一部と第二部で述べたことである。第三部では、宗教的な空間として性格付けられた中世の地方都市は、「宿立図」とは異なる形態でも各地に広がっていたことを、地名を手掛かりにして明らかにした。そして、なぜ中世都市が宗教的な空間として性格づけられていたのか、その理由を探った。第四部では、交通を考えるうえでの前提となる地形は、災害や開発によって変容してきた歴史的な存在であることを、文献史料と標高データや過去の絵画を対照させることによって明らかにした。
 
以上のように、本書では文献史料からだけでは知ることのできない中世の地方社会の具体的な姿を、多様な方法によって浮かび上がらせたものである。著者にとっては専門外の論文や史料にも挑戦した。歴史を解明するため方法は多様であり、方法は自ら考える必要があることを提起したつもりである。
 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 教授 榎原 雅治 / 2021)

本の目次

序 章 中世陸上交通研究の視角と方法
 
第一部 宿と交通路  
第一章 東海道の宿の空間構成〈はじめに / 宿の空間構成 / 渡の空間構成 / おわりに〉
第二章 鎌倉街道上道の宿の空間構成〈はじめに / 基本的な史料 / 鎌倉街道上道の宿の阿弥陀と薬師 / おわりに―いつ、誰がつくったか?―〉
第三章 中世の宿の大きさ〈はじめに / 三河国山中宿 / 中世地方都市の標準的な地子額の検討 / 宿における在家の基本的な規模 / 現存する宿の地割の検討 / おわりに〉
 
第二部 宿と中世社会
第一章 時衆の交通路構築〈はじめに / 『遊行上人絵巻』に見る交通路の構築 / 説経『小栗判官』と時衆 / 時衆による旅館の経営 / 時衆と地域の武士 / おわりに―再度、いつ、誰がつくったか?―〉
第二章 宿と地域社会―東海道矢作宿と矢作川水系―〈はじめに / 三河念仏の始まりと矢作宿 / 上宮寺末寺と本證寺門徒の地域的分布 / 中世後期の矢作川下流の流路と真宗信徒の分布 / 矢作川水系と和田氏 / おわりに〉
第三章 中世の旅館と伝馬・宿送〈はじめに / 宿泊施設 / 旅館主たちのネットワーク / 馬の配備と伝馬営業 / 宿送 / 領主支配の拠点としての旅館 /おわりに〉
補論一 室町殿の旅―足利義教の播磨・駿河紀行―
補論二 山陽道の宿
 
第三部 旦過のある町
第一章 地方都市の空間構成〈はじめに / 文献史料に現れた中世地方都市の空間構成-瑞渓周鳳の記した有馬温泉― / 地名に生きる中世地方都市 / おわりに〉
第二章 都市空間の宗教性〈はじめに /香具師の自己認識 / 売薬商人と修験 / 都市空間の結界の表象 / おわりに―「修験は親、連釈は子、眷属は兄弟、そして「啖呵を切る」―
 
第四部 災害・開発と地形の変容
第一章 中遠の海岸平野の形成と生業〈はじめに / 中世の中遠平野の景観と開発 / ラグーンでのなりわい / ラグーンの縮小と延宝水害 / その後の中遠平野 / おわりに〉
第二章 連鎖する開発と災害〈はじめに / 浮島ヶ原の開発と沼の消滅 / 浅羽低地で続く水問題 / おわりに〉
 

関連情報

受賞:
2021年度 (令和3年度) 第47回「交通図書賞」第3部:歴史 (公益財団法人交通協力会 2021年)
http://www.yoshikawa-k.co.jp/news/n46587.html
https://news.kotsu.co.jp/Contents/20220405/5111aefc-5695-4226-b6bb-c096b9298ddf
 
書評:
吉永隆記 評 (『民衆史研究』第103号 2022年6月10日)
https://minshushi.hatenadiary.org/entry/2022/06/10/215255
 
2021年度 (令和3年度) 第47回「交通図書賞」第3部:歴史 (『JRガゼット』 2022年4月号)
https://www.kotsu.co.jp/products/details/292204.html
 
湯浅治久 (専修大学文学部教授) (『日本歴史』885号p.93-95 2022年2月号)
http://www.yoshikawa-k.co.jp/news/n3306.html
 
(『測量』 2021年9月号)
https://www.jsurvey.jp/1-4-2021.htm

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