第一次世界大戦と民間人 「武器を持たない兵士」の出現と戦後社会への影響
第一次世界大戦は1918年11月11日に休戦を迎え、1919年のパリ講和会議で終わったと一般には考えられています。ですが、歴史の実態を見つめてみると、必ずしも「いつ第一次世界大戦が終わったか」に答えることは簡単でないことが分かります。というのは、第一に、連合国とドイツとの講和条約であるヴェルサイユ講和条約は1919年に締結されますが、対ハンガリーのトリアノン条約は1920年に成立するなど、講和締結の時期はより後にずれこむからです。第二に、戦闘行為は必ずしも1918年11月の休戦でやんだわけではなく、たとえば旧ロシア帝国におけるように、内戦が起こり、そこに諸外国が軍隊を送るといった事態は、パリ講和会議以降もあちこちで続いていたからです。第三に、民間人が武器をとって、内外の敵と戦う、あるいはそのために軍事訓練を行なうという事態は、公式の「終戦」以後も、戦勝国と敗戦国を問わず、少なくとも数年の間続いたからです。本書はとくにこの第三の点に着目して、第一次世界大戦が民間人および市民社会のあり方に与えた影響を検討したものです。「武器を持たない兵士」とは、逆説的な表現ですが、一般社会に戻った兵士のことを指すとともに、武装経験のある民間人のことをも指しています。こうした人々の出現は、1920年代の戦後社会の政治動向にどのような影響を与えたのでしょうか。また、多くの国では民間人の武装、とくに准軍事団体は、徐々に解消されていったものの、多くの市民がそこで得た経験は、1930年代における国際的な緊張の高まりや、第二次世界大戦開始後の動向に、どのような影響を与えたのでしょうか。このような問題意識をもって、ドイツ史、フランス史、イタリア史、ロシア史、ハンガリー史、日本史の専門家が書いた論文をまとめたものが、本書ということになります。私は「ソヴィエト・ロシアにおける『人民の武装』――全般的軍事教練と特別任命部隊」という論文を寄稿しました。ロシアでは第一次世界大戦中に革命が起こり、さらに内戦が始まりました。パリ講和会議の最中にも内戦は続き、軍人・元軍人だけではなく、多くの一般市民が、様々なかたちで武装して、戦闘行為に参加していました。第一次世界大戦から革命・内戦をへて成立する社会主義のロシアにおいて、大量の市民が武装した経験をもっていたことは、社会全体の「軍事化」――政治組織における上意下達の構造の成立、経済運営における軍事的発想の浸透――につながる意義をもっていたのです。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 池田 嘉郎 / 2023)
本の目次
第一部 第一次世界大戦期
第一章 第一次世界大戦の空襲とドイツの民間防空――家郷(Heimat)と防衛(Schutz)との溶け合い、そして「武器を持たない兵士」の出現|柳原伸洋
第二章 ドイツ民衆は第一次世界大戦を「耐え抜い(durchhalten)」たのか――「戦争文化(culture de guerre)」・「耐え抜く(durchhalten)」・「耐える(aushalten)」についての試論|鍋谷郁太郎
第三章 第一次世界大戦における兵士の傷病と医師――ドイツの事例から|梅原秀元
第四章 戦場となったマズーレン――住民の戦争体験と「タンネンベルク」の相克|川手圭一
第五章 第一次世界大戦時イタリアの軍服製造と女性労働|勝田由美
第二部 戦後期
第六章 ソヴィエト・ロシアにおける「人民の武装」――全般的軍事教練と特別任命部隊|池田嘉郎
第七章 「境界地域」の創出と暴力の独占――ブルゲンラント(西ハンガリー)における「国民自決」(一九一八―一九二一年)|姉川雄大
第八章 ドイツ義勇軍経験とナチズム運動――ヴァイマル中期における「独立ナチ党」の結成と解体をめぐって|今井宏昌
第九章 日本陸軍と国民・社会との協働――昭和初年の防空演習への道のり|黒沢文貴
第十章 映画の中の世界大戦――戦争文化と「適応」をめぐって|剣持久木
執筆者一覧
関連情報
池田嘉郎「短い1920年代、長い1920年代」 (『軍事史学』56巻4号 2021年3月)
https://mhsj.org/wp-content/uploads/2021/04/kantougen56-4.pdf