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書籍名

文学時評1941-1944

著者名

モーリス・ブランショ (著)、 郷原 佳以、 門間 広明、石川 学、伊藤 亮太、髙山 花子 (訳)

判型など

576ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2021年9月

ISBN コード

978-4-8010-0492-4

出版社

水声社

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文学時評1941-1944

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本書は、20世紀フランスの作家・文芸批評家モーリス・ブランショ (1907-2003) が、その活動の初期にあたる1941年から1944年にかけて新聞に発表した文芸時評を集めた書物の翻訳である*。当時ブランショはすでに30代なかばだったが、文学者として活躍し、多くの人に名を知られてゆくのは第二次世界大戦後のことなので、活動の初期ということになる。戦後のブランショは、毎月のように文芸誌に書評を寄稿し、それらを『火の部分』(1949)、『文学空間』(1955)、『来るべき書物』(1959) といった評論集にまとめていったが、そのなかで、共に自分自身のものとして体験することも完遂することも不可能であるという意味で、文学言語を「書く」という営みと「死ぬこと」を結びつけるという独特の文学論を展開した。文学の言葉には「私」が書いているとは言えない次元があり、そこではむしろ私からの隔たりが書いているかのようである。他方、死は誰にでも平等に訪れるものだが、いうまでもなく死の瞬間には私たちはすでにこの世にいないから、その瞬間を自分自身のものとして体験することはできない。その意味で、文学の (不可能性の) 空間は死の (不可能性の) 空間に類比的だということになる。このような文学論に少しでも興味を惹かれた方には、『カフカからカフカへ』(山邑久仁子 訳、書肆心水、2013年)、『文学空間』(粟津則雄・出口裕弘 訳、現代思潮社、1962年)、『来るべき書物』(粟津則雄 訳、筑摩書房、1989年) といった翻訳が出ているので、そのなかで目についた評論を読んでみることをお勧めしたい。本書は、そうした文学論を読んでブランショに関心を抱いた方が、では、このような個性的な文学者として世に知られる前のブランショは、いったいどんなふうに文学作品を、あるいは諸々の書物を読んでいたのか、という疑問をもったときに繙いてみてほしい一冊である。
 
1941-44年といえば、フランスは1940年のドイツによる侵攻で占領され、その傀儡政権がヴィシーに置かれていた時代だった。出版物は厳しい検閲の対象となっていたが、ブランショが執筆した『ジュルナル・デ・デバ』紙はペタン派に立つことで刊行を許可されていた。実のところ、1930年代までのブランショは、文芸批評家というよりは多分にナショナリズム的な政治時評を書くジャーナリストだったのだが、『ジュルナル・デ・デバ』紙での連載決定と共に文芸批評一本に絞ることを決意したと見え、以後4年間にわたって毎週、「知的生活時評」という題のもとに文芸時評を連載した。戦時中にしては皮肉にも優雅な表題だが、その真意は初回で明かされている。占領下の抑圧された生活で、むしろ知的関心が高まっているというのだ。以後の内容はといえば、最初の数回に時局への言及があるほかは、戦争や占領への直接的な言及は見られず、近刊の小説、詩集、評伝、批評、文明論、比較神話学、歴史言語学、等々、きわめて多分野の著作が紹介・書評されている。占領中にこれだけ次々と新刊が出ていたことの一種のドキュメントとして読めると同時に、本書は一人のジャーナリストの転向ないし一人の文学者の誕生のドキュメントでもある。ブランショは占領中、さまざまな仕方で戦争の災厄を目の当たりにしつつ膨大な量の書物を読み、批評や文学に携わるかけがえのない友人たちと議論を交わし、考察と執筆を続けることで、文学についての思考を深化させ、戦後のブランショになった。本書ではその軌跡を読むことができる。
 
 

*刊行後、元にした原書に、『ジュルナル・デ・デバ』紙のマイクロフィッシュの精度不足によるいくつかの判読ミスがあることがわかった。ご指摘くださった松村剛先生(言語情報科学専攻)に感謝する。

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 郷原 佳以 / 2022)

本の目次

編者はしがき
 
1941
知的生活時評
作家たちの沈黙
知的生活時評
レーモン・デュメー著『草原に草は生える』、C=F・ランドリ著『生け垣』
フランスと現代文明
モンテスキューの技術
伝統の探求
小説と詩
文化と文明
レトリックへの賛辞
デカルトへの眼差し
モーリヤックの小説
若き小説家たち
演劇と観客
地中海の霊感
知られていない、あるいは認められていない作家たち
文学における恐怖政治
作家と読者
J=K・ユイスマンスの秘密
急ぐ男
ソルボンヌの小説
小説についての逆説
 
1942
中世から象徴主義へ
コレットの小説
ベルクソンと象徴主義
小話 (コント) と物語 (レシ)
サント=ブーヴの政治
子ども時代の物語 (レシ)
ジャン・ジオノの運命
ダンテの啓示
三つの小説
『危険な関係』のあとで
デュランティの不幸
写実主義 (レアリスム) の好機 (シャンス)
ユピテル、マルス、クイリヌス
魔術の国にて
幽霊の話
モンテルランを正しく使うために
英雄についての考察
「ロマン主義のもっとも美しい本」
あの地獄のような出来事
精神の夜警
そして夢、水、火
モーパッサンの思い出
ロマン主義の知られざる者たち
レオン=ポール・ファルグの『隠れ家』
詩作品
ポール・ヴァレリーの『邪念』
いくつかの新しい長篇小説 (ロマン)
テーヌからペスキドゥー氏へ
 


1943
ニコラウス・クザーヌス
ラ・ファイエット夫人の『書簡集』
書物
戦争の小説 (ロマン) と戦争の物語 (レシ)
シャルル=ルイ・フィリップ
郷土小説
トクヴィルの『回想録』
象徴主義と今日の詩人たち
モンテルランの戯曲について
マリー・ドルヴァルとヴィニ―のロマンス
いくつかの小説
マキャヴェリ
雄弁術と文学
ジュアンドーの作品について
一冊の小説のなかの一三の形式
称賛から主権へ
宗教詩
いくつかの小説
フランス組曲
ホフマンの幻想作品
『ロランの歌』について
キェルケゴールと美的なもの
短篇小説の技法
ラブレーの宗教
今日の女性小説家たち
モンテスキューの旅
フランス文学の歴史
アメリカ小説からの影響
アンゲルス・シレジウスの神秘思想
自伝的物語
歴史と傑作
『黙示録』についての一研究
『寓話』なしのラ・フォンテーヌ
ドルバック男爵
純粋小説
影の嘆き
眼差しの小説
伝統とシュルレアリスム
崩壊していく世界で
 
1944
批評の神秘
水源への巡礼
小説を次々に
四つの福音書
ジャン=パウルからジロドゥへ
逸話なき日記
言語をめぐって
アイセのロマンス
物語ることの幸福
法を超えた偶像たち
アンドレ・ドーテルの芸術
バルザックの仕事
暗黒小説
夢の秘密
ジャリの小説
短篇と物語
シャトーブリアンの秘密
幻想小説
空と夢
ジョイスの最初の小説
秘めた様子
文学上の <私>
シャルル・クロ
ローマの誕生
ウィリアム・ブレイク
さまざまな死に方
ポール・クローデルの選集
いくつかの物語
レオン・ブロワ
いくつかの詩
誠実さへの配慮
誰でもない者の息子
アンリ・ミショーの魔術的経験

編者註
訳註
人名索引
訳者あとがき
 

関連情報

書籍紹介:
門間広明 (『REPRE』Vol.44 2022年3月3日)
https://www.repre.org/repre/vol44/books/translation/blanchot/

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