東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

ピンクの表紙、抽象的な龍の絵

書籍名

漢代経学に於ける五行説の変遷

著者名

平澤 歩

判型など

384ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2022年11月7日

ISBN コード

9784762967146

出版社

汲古書院

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

漢代経学に於ける五行説の変遷

英語版ページ指定

英語ページを見る

皆様は「五行説」というものをご存知でしょうか。五行説は古代中国で生まれて日本や韓国にも伝わり、東アジアの伝統的な学術・文化に大きな影響を与えました。そして近代以降も、非科学的な迷信の代表格として否定・批判されたものの、今なお漢方医学や養生法、占術等に残り続けています。
 
五行説は、天地万物の様々な物事を「木・火・土・金・水」の5つのカテゴリーに分類し、相互の影響関係や盛衰交替を説明しようとします。例えば、人体の五臓 (肝・心・脾・肺・腎) のうちの心臓は「火」に分類され、心臓を強くしようとした際には、五味 (酸・苦・甘・辛・鹹) のうち同じく「火」に分類される苦味 (ex. お茶) を積極的に摂取すべきであるとします。同類のものを摂取することで同類の臓器を助けるという発想です。
 
この五行説の土台には、規模の大小や分野の異同を超えて構造の相似を追究し、相似する構造を持つものには同じ道理や規則を持たせようとする考え方があります。例えば、夏という季節と南という方位は、暑いという点では共通であり、そうすると段々と暖かくなる季節である春と、太陽が昇る方位である東が結びつきます。暑いと言えば火であり、火を生み出すのは木ですから、夏・南・火は同じカテゴリーとなり、またそれらをもたらす春・東・木も同じカテゴリーに分類されます。
 
このような相似や連想は、天文・動植物・人体・徳目・社会制度にまで拡大して行きました。そして更に、「五行相生」(五行が互いを生み合う関係。木→火→土→金→水→木→……の循環。正五角形を描く) や「五行相勝」(それぞれ苦手とするものがある関係。木→金→火→水→土→木→……の循環。五芒星を描く) といった関係を当てはめて、疾病予防や王朝交替の原理を説くようにもなりました。例えば秦の始皇帝は、周王朝を「火」の王朝と考え、それに取って代わった秦王朝を「水」の王朝と考え (「五行相勝」により、火には水が勝つ)、「水」の色や数にちなんだ制度を整えました。
 
本書では先秦時代に存在していた素朴な五行説が、漢代に至って整備・総合化されたことと、この整備・総合化が、後代の発展・飛躍の基礎となったことを論じました。具体的には、前漢期までの五行説には様々な系統が別個に存在したことを確認した上で、前漢末の劉向 (B. C. 77~B. C. 6)・劉歆 (?~A. D. 23) がそれらの体系的整理に着手したこと、そしてそれをきっかけとして後漢以降に五行説同士を整合的に説明しようとする議論が活発化し、五行説が段々と複雑・高度になって行ったことを明らかにしました。なお、劉向・劉歆は経学 (儒教経典解釈学) を始めとする諸学術を体系的に整理した人物であり、五行説の整理もその一環であったと考えられます。
 
古い時代の事柄であり、漢文の引用も多いので、専門外の方が本書を読むのはやや大変だと思います。しかし、じっくり腰を据えて読んで頂ければ、ごく素朴なものだった五行説が次第に複雑で抽象的なものになって行った過程を把握し、また古代の中国人が有していた自然観・世界観について理解を深めることができるはずです。
 
五行説から垣間見える古代中国の世界観は、現代の我々にとってはもちろん「非科学的」なものではありますが、天地万物を貫く構造や道理に対する信頼が満ち溢れています。このような世界観において、自己が他者・万物と同様の構造で世界の内側に存在することは自明であり、「桶の中の脳」に例えられるような絶対的孤立はありえません。この前向きさは、近代自然科学によって前近代的迷信の大半が既に駆逐されている現代の我々にとって、明るく生きるためのヒントになるのではないかとも思っています。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 助教 平澤 歩 / 2023)

本の目次

序論
 
第一章 先秦期
 第一節 「木・火・土・金・水」    
 第二節 時令
 第三節 鄒衍の五徳終始説    
 第四節 『日書』に見える五行
 
第二章 前漢期
 第一節 漢朝の徳運    
 第二節 時令    
 第三節 『洪範五行伝』
 
第三章 劉向
 第一節 『洪範五行伝論』       
 第二節 五徳終始説と説卦伝
 
第四章 劉歆
 第一節 『洪範五行伝』の改造と運用
 第二節 五徳終始説
 第三節 易の位置付け           
 第四節 王莽「奏群神為五部兆」の構造
 
第五章 後漢期
 第一節 修母致子説  
 第二節 月令に関する諸問題  
 第三節 鄭玄の五行説
 
結論
 
附論一 『南斉書』五行志・『魏書』霊徴志の引く『洪範五行伝』と『洪範五行伝論』
附論二 『太平経』に見える五行説について
引用書目 / あとがき

関連情報

関連論文:
平澤歩「洪範五行伝と時令」 (『中国学の新局面――日本中国学会第一回若手シンポジウム論文集』日本中国学会 pp. 17-30 2012年2月)
http://nippon-chugoku-gakkai.org/wp-content/uploads/2019/08/2012_02.pdf
 
平澤歩「『漢書』五行志と劉向『洪範五行伝論』」 (『中国哲学研究』第25号 pp. 1-65 2011年3月)
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/chutetsu/Journals.html

関連イベント:
NEW!【学術シンポジウム】 古代中国の祥瑞文化と図像[松浦史子、平澤歩、矢島明希子、山崎藍、佐々木聡、水口幹記] (青山学院大学 2023年12月17日)
https://bungaku-report.com/blog/2023/10/-20231217.html
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています