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白と赤の表紙

書籍名

岩波新書 1942 日本中世の民衆世界 西京神人の千年

著者名

三枝 暁子

判型など

218ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2022年9月21日

ISBN コード

9784004319429

出版社

岩波書店

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

日本中世の民衆世界

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本書は、「西京神人 (にしのきょうじにん)」とよばれた中世京都の麹業者の歴史を綴ったものである。「神人」とは、中世の商工業者のうち、とくに神社と結びついた商工業者を指す身分呼称であり、西京神人は京都の北野天満宮と結びつき、天満宮の膝下領である「西京」とよばれる地域に居住する人々であった。
 
西京神人が文献史料上に現れるのは13世紀後半のことで、遅くとも14世紀には麹業に携わっていたことが知られる。彼らの麹業がもっとも隆盛をきわめたのは、15世紀はじめ、室町幕府四代将軍足利義持の時代である。北野天満宮への信仰が篤かった義持によって、京都における麹業の独占権を付与されるとともに、平安期に始まり南北朝期に衰退していた北野祭の復興を、祭礼の執行と経済基盤の両面から支えた。しかし、西京神人に対する幕府の優遇政策は、他の麹業者・酒屋からの強い不満と反発を招くこととなり、文安元年 (1444) に独占権は否定されることになる。このとき神人たちは独占権を守ろうと北野天満宮の社殿に立てこもって抵抗したが、幕府から軍勢が派遣され合戦となり、社殿を炎上させてしまうばかりでなく死者や没落者を多く出す結果となる。この「文安の麹騒動」を契機に、西京神人の麹業は衰退していった。
 
中世の文献史料に現れる神人の大半が、その痕跡を長くはとどめていないことからも明らかなように、商工業者にとって中世という時代はその生業を維持していくのに困難な時代であった。しかし西京神人は近世になっても麹業にかかわる中世の権利文書を保持しながら存続し続け、今もなお中世に由来する神事に携わり続けている。彼らの存続の核にあるのは、菅原道真存生時から道真に仕え、ともに大宰府にも下ったという神人の先祖 (おやたち) にまつわる由緒と天神信仰であり、由緒を共有し語り伝えることでその共同体を維持し続けてきた。
 
今から20年ほど前、初めて足をふみいれた西京の地で思いがけず西京神人の末裔の方と出会った私は、神人の末裔の方々の語りを聞き、神事に携わる様子を目の当たりにするなかで、生きている中世、いまと地続きの中世を感得する機会にたびたび恵まれることとなった。それは、遠い過去にある中世を遠い過去のものとしてのみ捉え、文献史料の読解に向き合ってきた自分の研究手法を大きく変えていく契機となるとともに、歴史をつくる主体としての民衆のもつ力を発見する契機ともなった。本書は、こうした経験に導かれながら執筆した書である。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 三枝 暁子 / 2024)

本の目次

はじめに
  闘う神人たち
  中世を捉え直す
  「西京」と「西京神人」
  小野晃嗣と網野善彦
  語られた歴史を聞く
 
第一章 「西京」の成立――中世京都の空間
 平安京の成立と西京
 北野天満宮の創祀
 安楽寺天満宮の創祀
 中世京都の空間と支配
 都市京都の社会構造
 
第二章 生業の展開
 麴業の展開
 麴業をめぐる由緒
 麴業の独占
 請文の伝来
 
第三章 北野祭と西京神人
 北野祭の成立と展開
 祭礼の再編
 義満の北野祭見物──統治主体の変換
 北野祭から瑞饋祭へ
 
第四章 神供奉納と麴業――画期としての「文安の麴騒動」
 西京「七保」の成立
 七保の様相
 麴業の独占権をめぐる攻防と正長の土一揆
 文安の麴騒動
 麴騒動の痕跡
 
第五章 武家被官化と戦乱――中世末期の西京神人
 伊勢氏の西京支配
 西京神人の伊勢氏被官化
 麴業独占への執着
 室町将軍への奉仕と「甲の御供」
 
第六章 神職と麴業――近世の西京神人
 麴業の衰退と「神人」身分の存続
 補任運動の展開
 菜種の御供
 神人交名と御供所
 瑞饋祭の隆盛
 
第七章 神仏分離を越えて――近代から現代へ
 神仏分離と御供所
 瑞饋祭の中絶と復興
 安楽寺天満宮の復興
 七保会の成立
 
 おわりに
 参考文献
 
 図表出典一覧

関連情報

著者インタビュー:
UTOKYO VOICES 052 光を当てる場所を変えてみたら、自分の道が見えてきた。 (東京大学ホームページ 2019年3月27日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/voices052.html
 
書評・書籍紹介:
新刊紹介 (『都市史研究』 2023年10月25日)
https://suth.jp/publication/toshishi_kenkyu_10/
 
頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー28 (歴史行路 2023年5月21日)
https://rekishikouro.jp/2023/05/raijin-an-bookreview-28/
 
中外図書室 (中外日報 2023年4月7日)
 
今週の本棚 (毎日新聞 2023年1月21日)
https://mainichi.jp/articles/20230121/ddm/015/070/003000c
 
BOOKSニュース (日刊ゲンダイDIGITAL 2023年1月11日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/317026
 
河内将芳 評「貴重な「語られた歴史」 (『週刊京都民報』 2022年11月27日号)
https://www.kyoto-minpo.net/archives/2022/11/26/post-28761.php
 
丸善 京都本店:【おすすめの京都の新刊】『京都手帖』が発売となりました! (honto 2022年9月27日~10月31日)
https://honto.jp/store/news/detail_041000071387.html
 
新書速報: 図書館員・利用者双方に認識の変化を迫る「図書館の日本文化史」 田中大喜が選ぶ新書2点 (朝日新聞 2022年10月22日)
https://book.asahi.com/article/14750491
 
文春図書館 - ベストセラー解剖 (『週刊文春』 2022年10月20日号)
https://bunshun.jp/denshiban/archives/2022%E5%B9%B410%E6%9C%8820%E6%97%A5%E5%8F%B7
 
ライフ | 本 (産経新聞 2022年10月16日)
https://www.sankei.com/article/20221016-7PXA4MYXERLGPEJX235ZXCVVH4/
 
講演:
中世に生きた民衆の歴史明らかに 『日本中世の民衆―西京神人の千年』著者・三枝暁子氏が講演 西京神人の末えいらが企画 (京都民報web 2023年1月14日)
https://www.kyoto-minpo.net/archives/2023/01/14/post-28882.php
 

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