東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に雲状の赤い模様

書籍名

京都の歴史を歩く

著者名

小林 丈広、高木 博志、 三枝 暁子

判型など

320ページ、新書判、並製

言語

日本語

発行年月日

2016年1月20日

ISBN コード

9784004315841

出版社

岩波書店

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京都の歴史を歩く

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年間5,500万人をこえる観光客数を誇る京都。なぜそれほどまでに人が赴くかといえば、この地に日本の歴史や文化が凝縮していると考える人々が多いからだろう。しかし、その歴史や文化を研究している研究者の目からみると、訪れる人々がふれる情報には偏りがあり、なおかつ根拠不明のものも少なくない。集客が意識されればされるほど、歴史情報はいわば商品化され、商品化に適さないと判断される情報は排除され埋もれていく。歴史は本来、消費されるためにあるのではなく、学び、伝えるためにあるものなのに…?
 
本書は、このような状況に違和感をおぼえる日本史研究者3名で書いた、京都のガイドブックである。「はじめに」にあるように、まる6年かけて、埋もれがちな京都の歴史を象徴する「道」と「場」を選び、歩き、議論を重ね、書いた本である。私自身は、ハンセン病の歴史とかかわりの深い清水坂や、災害の歴史を伝える場としての鴨川流域、「日本国王」足利義満の事績を伝える北野・北山、キリシタン殉教の道、朝鮮通信使の道、の5つを取り上げている。この5つの例からも明らかなように、実際に存在する「道」の歴史をたどる場合もあれば、あるテーマにそった歴史痕跡を結び合わせてできた架空の「道」をたどる場合もある。いずれの場合も、実際に読者が歩いてたどれるよう、章ごとに地図がついている。
 
もともと14~16世紀の京都の個別寺社研究から出発している私にとって、災害の歴史や、キリシタンの歴史、さらには17~18世の朝鮮通信史の歴史を叙述するのは冒険に等しい行為であった。けれども、共著者の高木博志氏・小林丈広氏いずれも近代京都研究を専門とされているお二人が、京都の「近代化」の意味を問うため、前近代の歴史研究に対しても真摯に向き合う姿を目の当たりにするうちに、中世京都の行く末に無頓着であってよいのか、自問するようになった。
一方で、このガイドブックに示した歴史情報もまた、新たな京都イメージの発信として消費されていくことは避けられない。埋もれた歴史を掘り起こすことが、どのように現代の地域社会に影響を与えてしまうのか、不安に思いながら書いた章もある。書いたものを、あらかじめ地域の方に読んでいただき、交流しながら書き進めてみる、という作法を教えて下さったのもまた共著者であった。
 
本書執筆後も、京都の観光客数は増加し続けている。京都の「歴史」にひかれ集まる人々に、どのような「歴史」をどのように伝えていくか。引き続き考えながら、京都の歴史研究を進めていきたい。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 三枝 暁子 / 2017)

本の目次

はじめに
 
第I部  都市に生きた人びと
  第1章  室町と山鉾の道―町衆と図子
  第2章  開化と繁華の道
  第3章  清水坂の歴史と景観
  第4章  キリシタンの道
  第5章  鴨東開発の舞台―岡崎周辺
 
第II部  京の歴史が動くとき
  第6章  大礼の道―皇居から京都御苑へ
  第7章  「日本国王」の道―北野と北山を歩く
  第8章  災害の痕跡を歩く―鴨川流域をたどる
  第9章  志士の道―高瀬川と明治維新
  第10章  学都京都を歩く
 
第III部 人が行きかい、物がめぐる
  第11章  朝鮮通信使の道―大徳寺から耳塚へ
  第12章  牛馬の道―東海道と山科
  第13章  古典文学と嵐山・嵯峨野の近代
  第14章  幽棲と共生の里を歩く―洛北岩倉
  第15章  「京都らしさ」と宇治―世界遺産と文化的景観
 
おわりに寄せて
参考文献
 

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