これは、MIT Pressから2020年1月に刊行されたThe Japanese Economy 2nd Editionの日本語訳です。もともとは共著者の伊藤隆敏先生が1991年に出版して、アメリカの大学で最もよく使われていた日本経済の教科書を、ほぼ30年ぶりに全面改訂したものです。本書の重要な特徴の一つは、日本経済の経験を特殊なケースとして扱うのではなく、標準的な経済理論を通じて説明しているということです。初版が出た頃は、日本特殊論が旺盛な時で、こうした立場は目新しいものでした。いまでも、日本経済には固有のものがあって、外国人には理解できないし、日本経済の経験が他国にとって参考になるわけもない、という言説を目にすることはあります。本書は、日本経済も普遍的な経済学の枠組みで整合的に理解可能であることを示して、日本の事例が他国における経済政策や課題解決への示唆を提供する、ということを伝えようとしています。
戦後の高度経済成長期から「失われた20年」と呼ばれる経済停滞期、そしてその後の経済再生を目指した数々の政策対応に至るまで、日本経済の歴史的な軌跡を丹念に検証しました。直近では、安倍晋三首相の「アベノミクス」が、大胆な金融緩和政策、機動的な財政刺激、経済成長のための構造改革という三本の矢を通じて、物価水準が低下し続けるという意味でのデフレは克服し、成長を取り戻す方向に向かったことを詳細に分析しています。これらの政策の背景や成果、そして未解決の課題についても、標準的な経済理論の視点から客観的に評価しました。
さらに、日本が直面する長期的な構造的課題、特に少子高齢化や労働力人口の減少についても深く掘り下げました。これらの人口動態の変化は、日本の労働市場や社会保障制度、財政の持続可能性に大きな影響を及ぼしています。本書では、こうした問題がどのように経済全体に影響を与え、どのような政策対応が有効である可能性があるのか、どのような政策は見込みがないのか、ということを理論的な枠組みで整理しました。また、これらの課題が日本に特有のものではなく、多くの先進国に共通する問題であることを示し、広範な示唆を提供しようとしています。
近年特に重要になってきた日本経済のグローバルな側面についても議論しています。特に貿易や直接投資が、日本経済の成長にどのような役割を果たすのか、国際経済学の理論を使いながら分析しました。また、日本とアメリカの間で起こった数々の貿易紛争と、それらを解決しようと交渉を重ねることによって両国がいかに良好な関係を築き上げたか、ということにも焦点をあてています。
本書が刊行されたのは新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) によるパンデミックの直前でしたが、それ以降の日本経済を考える上でも役に立つ基礎を提供しています。読者は日本経済の経験を理論的な文脈に位置づけながら、新しい課題にも応用可能な知見を得られるでしょう。本書が、学生や研究者、政策立案者はもちろんのこと、日本経済に関心を持つすべての方々にとって有益な一冊となることを願います。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 星 岳雄 / 2024)
本の目次
著者はしがき
謝辞
第1章 日本経済入門
第2章 日本経済の歴史
第3章 経済成長
第4章 景気循環、バブル経済の発生とその崩壊
第5章 金融市場と金融監督
第6章 金融政策
第7章 財政制度と財政政策
第8章 貯蓄・人口動態・社会保障
第9章 産業構造
第10章 労働市場
第11章 国際貿易
第12章 国際金融
第13章 日米経済対立
第14章 失われた20年
参考文献
訳者あとがき
事項一覧/人名一覧/文献一覧
著者紹介
訳者紹介
関連情報
『The Japanese Economy, second edition』by Takatoshi Ito and Takeo Hoshi (MIT Press刊 2020年)
https://mitpress.mit.edu/9780262538244/the-japanese-economy/
Web討論:
「日本経済」連続Web討論シーズン2【日本語 番外編】“The Japanese Economy” Online Discussion Season 2【Extra】 (Tokyo College | YouTube 2021年3月17日)
https://www.youtube.com/watch?v=cUbrSRfgEz8
伊藤隆敏 × 星岳雄「日本経済」連続Web討論 (1) アベノミクスの成果 Part 1 (Tokyo College | YouTube 2020年9月4日)
https://www.youtube.com/watch?v=_cd-8SBnx84
伊藤隆敏 × 星岳雄「日本経済」連続Web討論 (1) アベノミクスの成果 Part 2 (Tokyo College | YouTube 2020年9月4日)
https://www.youtube.com/watch?v=_jpNV_2H4LY&t=0s
書籍紹介 (日本語版):
一橋教員の本 祝迫得夫 (訳者) コメント (一橋大学ホームページ 2023年)
https://www.hit-u.ac.jp/academic/book/2023/241004.html
書評 (日本語版):
経済学の書棚: 前田裕之 (学習院大学客員研究員・文筆家) 「日本の財政は破綻するのか 財政赤字を考える本」 (日経BOOKプラス 2023年12月11日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/122100175/112800023/
中泉拓也 評 (『証券アナリストジャーナル』第61巻第10号 2023年10月号)
https://www.saa.or.jp/learning/journal/each_title/2023/10.html
田代秀敏 評「日本経済はなぜ成長を止めたか 長期・高度な集合知が結晶した1冊」 (『週刊エコノミスト』 2023年6月20日号)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20230620/se1/00m/020/010000c
書評 (原著版):
Jenny Corbett (Australian National University and Tokyo College, University of Tokyo) 評 (『The Journal of Japanese Studies』Volume 49, Number 2 2023年8月3日)
https://muse.jhu.edu/pub/44/article/903486
植田和男 評 (『経済学論集』第59巻第4号 1994年1月)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jeut/59/4/59_75/_pdf/-char/ja
https://www.e.u-tokyo.ac.jp/fservice/ronshu/backnumber/index.html
When the first edition of The Japanese Economy appeared in 1991 and became an instant classic, few suspected that East Asia's sole industrial giant stood on the brink of two decades of lost growth and deflationary pressure, or that it would soon be joined by emerging regional powers including China and South Korea. In this magnificent second edition, Takeo Hoshi joins Takatoshi Ito to analyze the tumultuous past thirty years in the context of Japan's long-term development.
――Maurice Obstfeld (University of California, Berkeley, and Peterson Institute for International Economics) 評
Ito and Hoshi provide a comprehensive analysis of one of the world's major economies, from the Samurai to the Trans-Pacific Partnership. The country's responses to its recent economic challenges, whether aging, deflation, banking crises, or exploding government deficits, provide valuable insights even for those without a special interest in Japan.
――Alan Auerbach (Robert D. Burch Professor of Economics and Law, University of California, Berkeley) 評
At Yale, I taught a course using the first edition of the Japanese Economy by Takatoshi Ito, when Japan was a rising star in the world. The textbook was so clearly written and well organized that I spent only a short time for preparation past glancing at headlines and figures. I look forward to the new edition that critically reviews Japan's more mature economy with added insight from another expert, Takeo Hoshi.
――Koichi Hamada (Tuntex Emeritus Professor of Economics, Yale University) 評
イベント (原著版):
The Japanese Economy, Second Edition: Book Launch (Columbia Business School | YouTube 2021年1月13日)
https://www.youtube.com/watch?v=hRCjo07Q-cc