
書籍名
オープンダイアローグ 思想と哲学
判型など
200ページ、A5判
言語
日本語
発行年月日
2022年3月28日
ISBN コード
978-4-13-060414-7
出版社
東京大学出版会
出版社URL
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オープンダイアローグは、フィンランド西ラップランドで生まれた地域精神科医療のアプローチである。(西ラップランドは正式な地名ではなく、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、ロシアにまたがるラップランド地域のフィンランド部分に相当するラッピ県の西南部分にあった医療圏の英語での通称である。) オープンダイアローグは当時の人口7万人台 (現在は6万人台) のこの医療圏で1980年代から1990年代にかけて開発されたものである。「社会的ネットワーク」の視点を重視し、「対話」を治療の基盤に据えて投薬や入院を極力回避するという特徴や、長期的なフォローアップ研究で示された成果などより、近年世界的に注目を集めている。オープンダイアローグは、1980年代以降のフィンランドの精神医療における脱施設化政策を背景としながら、ニード適合型治療やナラティブ・セラピーなど、精神医療・家族療法の様々なアプローチや、社会構築主義、バフチンの対話主義の思想などを取り入れながら開発されていった。本書はそのようなオープンダイアローグの思想の源流を探るとともに、現代哲学の様々なアプローチとの関係について論じることを目的としたものである。なお本書は同時に出版された『オープンダイアローグ 実践システムと精神医療』(東京大学出版会) と対になっている。後者の本では、オープンダイアローグの実践を支えるシステムについて論じられるとともに、日本における導入に向けた様々な動きが紹介されている。
本書は2部構成になっている。第1部「オープンダイアローグの思想の源流」は、オープンダイアローグの基本的な特徴をまとめるとともに、オープンダイアローグとニード適合型治療、コラボレイティブ・アプローチ、ベイトソン、ナラティヴ・アプローチ、トム・アンデルセンのリフレクティング、バフチンの思想などとの関係を明らかにしている。第2部「オープンダイアローグと現代の思想・哲学」では、ラカン派の精神分析、ガタリ、現象学、哲学対話、哲学カフェ、レヴィナスの思想とオープンダイアローグの思想との関連が論じられている。
本書の各章の執筆者は、哲学、文化人類学、社会学、精神医学 (精神科医) のバックグラウンドをもち、それぞれの視点から、関連が深い他のアプローチや思想と対比させながら、オープンダイアローグの哲学と思想に分け入っている。日本ではオープンダイアローグに関する多くの書籍や翻訳書が出版されているが (なお国外では、オープンダイアローグに関する書籍はそもそもあまり出版されていない)、オープンダイアローグの哲学と思想を主題とした書籍は本書が初めてである。オープンダイアローグの思想的源流を確認してみたい人やオープンダイアローグの意味を哲学的に考えてみたい人などに読んでいただければ幸いである。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 石原 孝二 / 2023)
本の目次
I オープンダイアローグの思想の源流
1 オープンダイアローグの思想 (石原孝二)
1 オープンダイアローグの特徴と7つの原則
2 オープンダイアローグの源流
3 オープンダイアローグの思想的基盤
4 哲学との対話へ
2 ベイトソンを学ぶのは何のため?──関係性言語という語学 (野村直樹)
1 開け、対話を!
2 属性言語と関係性言語
3 時をまたぐ言葉を『精神の生態学』で学ぶ
4 デカルトからベイトソンへ
3 ナラティヴ・アプローチとオープンダイアローグ (野口裕二)
1 共通点と相違点
2 セイックラ自身による言及
3 おわりに
4 コンテクストとしてのリフレクティング (矢原隆行)
1 はじめに
2 リフレクティング・チームの誕生とそれまでのアンデルセンの歩み
3 リフレクティング・トークとリフレクティング・プロセス
4 オープンダイアローグにおけるリフレクティング・トークと間
5 リフレクティング・プロセスとしてのオープンダイアローグ
5 バフチンの対話の哲学 (河野哲也)
1 オープンダイアローグへのバフチンの影響
2 テキストと発話ジャンル
3 対話の応信性とコミュニケーション
4 腹話性と多声性
5 モノローグ的な対話とダイアローグ的な対話
II オープンダイアローグと現代の思想・哲学
6 「対話」の否定神学 (斎藤 環)
1 はじめに
2 ただ「一体感」のためではなく
3 分析の主体、ODの主体
4 「臨床家ラカン」との訣別
5 「否定神学」について
6 否定神学の擁護
7 言語=隠喩
8 隠喩と身体
9 否定神学の身体的基盤
10 「逆説」の治療的意義
11 事例
12 「他者」の身体
13 結語
7 精神分析とオープンダイアローグ (松本卓也)
1 はじめに
2 精神分析とオープンダイアローグの臨床空間
3 精神病理学とラカンにおける主体
4 ラカンからガタリへ─オープンダイアローグとの距離
5 おわりに
8 現象学とオープンダイアローグ─フッサール、デネット、シュッツ (石原孝二)
1 フッサールの現象学
2 現象学的精神病理学
3 一人称複数の視点とヘテロ現象学
4 世界を共有するシステムとしてのオープンダイアローグ
5 シュッツの現象学的社会学
6 直接世界・同時代世界・先代世界
7 直接世界を維持するシステムとしてのオープンダイアローグ
8 意味連関の修復支援システムとしてのオープンダイアローグ
9 哲学対話とオープンダイアローグ (山森裕毅)
1 はじめに
2 哲学対話のおおまかな特徴
3 哲学対話の代表的な四つの形式
4 哲学カウンセリング
5 哲学対話とオープンダイアローグの学び合い
6 おわりに
10 ダイアローグの空間──哲学カフェ、討議、オープンダイアローグ (五十嵐沙千子)
1 哲学のカフェ
2 アジールと日常世界における討議
3 連帯するオープンダイアローグ
11 レヴィナスとオープンダイアローグ (村上靖彦)
1 序に代えて
2 顔とオープンダイアローグ
3 師としての他者
4 貧しい他者
5 タルムードとオープンダイアローグ
おわりに──すべての思想を対話に置き換えること (斎藤 環)
関連情報
「対話する、対話と対話『オープンダイアローグ 思想と哲学』書評 オンライン哲学ライブ」 (塩飽海賊団 2022年5月27日)
https://matsukawaeri.hatenablog.com/entry/2022/05/24/162157