本書は、2022年8月29日から9月1日にかけて開催された日本独文学会の第48回語学ゼミナール (Linguisten-Seminar; 以下LSと略記) においてなされた講演・研究発表の一部が論文としてまとめられたものである。毎年開催されるLSは、ドイツの大学教授がゲスト講師として招待されて3つの基調講演を行い、さらに日本側参加者も研究発表を行う4日間のセミナーであり、発表は全てドイツ語で行われる。1972年に第1回が開催されたLSはまさに歴史と伝統のあるイベントで、これまでに数多くの著名な言語学者がドイツから招待された。近年では、日本のLSに招待されることがドイツの言語学者にとってある意味名誉なことである、という噂もあるとかないとか。コロナによる2回のオンライン開催を経て、この度は感染対策に万全を期した上での久々の対面開催となり、日本全国から大学院生も含むドイツ語学研究者たちが集い、東京多摩市のセミナーハウスにて合宿方式で行われた。今回のドイツからの招待講師はコンスタンツ大学名誉教授のJosef Bayer氏で、ドイツを代表する生成文法研究者の一人である。まさに名前の通り、明るく気さくなバイエルン人であり、そのお人柄と学問的博学さゆえに4日間のセミナーは大いに盛り上がり、大変実りあるものになった。
今回のLSの全体テーマは「ドイツ語統語論における諸問題:語順、格、パラドックス」で、Bayer氏の3つの基調講演もこれらをテーマとして行われた。本書に収録されている同氏の論文「統語形式と解釈上のギャップ」は「パラドックス」、つまり普段は気付きにくいが、よく考えるとヘンだなという諸現象について、ドイツ語からのデータを中心に取り上げ、LSでの講演内容を巧みにまとめ上げたものである。その意味において本論文は、ドイツ語学研究者 (≒ドイツ語教員) だけでなくドイツ語学習者にとっても興味深い内容となっている。LSでは一般参加者からの研究発表も行われ、本書にはそれらに基づく論文3本が掲載されており、テーマはそれぞれ「sein+zu-不定詞構文」「他動詞虚辞構文」「自由与格構文」である。今回はそれら3本がすべて、中堅・ベテランの研究者と院生・若手研究者の共著という形になっており、LSが若手研究者育成の場としての機能を着実に果たしていることがご理解いただけるであろう。
なお本論集は、2017年開催の第45回LS論集 (2019年春刊行) より電子化されており、J-Stageにて公開されている。それ以前は「Akten des xx. Linguisten-Seminars」(第xx回語学ゼミナールの記録)という副題がついていたものが、電子化を機に「Linguisten-Seminar: Forum japanisch-germanistischer Sprachforschung」(語学ゼミナール:日独言語研究フォーラム) というシリーズ名に変わっている。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 稲葉 治朗 / 2024)
本の目次
Hiroyuki MIYASHITA, Jiro INABA
https://doi.org/10.11282/jggls.6.0_7
Syntaktische Form und interpretative Lücken
Epenthese in der Syntax
Josef BAYER
https://doi.org/10.11282/jggls.6.0_9
Was wird gesendet und wie wird es empfangen?
Zur Unterdeterminiertheit der sprachlichen Ausdrücke am Beispiel von „sein + zu-Infinitiv“
Shin TANAKA, Shiori YOKOTA
https://doi.org/10.11282/jggls.6.0_45
Transitive Expletiv-Konstruktionen und Scrambling im Rahmen der Labelling-Theorie
Koichi KONO, Jiro INABA
https://doi.org/10.11282/jggls.6.0_60
Von der Auxiliarselektion zur Aktionsart
Eine Diskussion anhand der Lesarten von freien Dativen bei Antikausativa und Unakkusativa im Deutschen
Miho TAKAHASHI, Yasuhiro FUJINAWA
https://doi.org/10.11282/jggls.6.0_82