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書籍名

新潮新書991 シリーズ哲学講話 目的への抵抗

著者名

國分 功一郎

判型など

208ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2023年4月17日

ISBN コード

9784106109911

出版社

新潮社

出版社URL

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目的への抵抗

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本書は2020年と2022年に行われた二つのレクチャーを収録したものである。二つの年を隔てる二年間は、ちょうどコロナ危機が最も強く社会を揺さぶった時期にあたる。レクチャーの中で、私はこの危機の訪れとともに考え始めたことを語っている。「目的への抵抗」というタイトルは、この危機についての考えを突き詰めたあげくに思い至ったことを一言で言い表したフレーズである。つまり、私はコロナ危機を通じて、「目的end」という概念について考えることになった。
 
コロナ危機の間、感染拡大を防ぐために「不要不急」のことは避けるようにという要請が社会を覆った。特に大きな影響を持ったのは、移動の自由の制限であった。感染拡大のためにこの制限がある程度必要であったのは間違いなかろう。ただ、移動の自由の制限がもつ重大さは、当時、どれほど理解されていただろうか。
 
第一部では移動の制限に対して疑問を呈し、猛烈な批判を浴びることになったイタリアの哲学者ジョルジオ・アガンベンの論考を紹介している。アガンベンによれば、これほど全面的な移動の制限は、戦争中でも試みられたことのないものである。この制限によって人間の関係はどうなってしまうのか。この制限がもつ倫理的・政治的な帰結とは何か。アガンベンは特にこの制限が、行政権力によって、法的な根拠も曖昧なままに進められている現状に対して警鐘を鳴らした。というのもこの現状は、行政権力が立法権力を超えて物事を決めていってしまう「例外状態state of exception」の具現化に他ならず、アガンベンこそはこの状態の危険性を長年にわたって研究してきた哲学者だったからである。
 
それにしてもこのような例外状態が全世界で易々と受け入れられたのはなぜなのか。私が抱いていた仮説は次のようなものである。──社会はコロナ危機そのものによって変化したのではない。そうではなくて、既に着々と進行していた変化に、コロナ危機が燃料を注いだのである。
 
では着々と進行していた変化とはいかなるものか。それは次第に深まりつつあった、人間活動の「目的」への強い従属ではないか。「不要不急」とはまさしく目的がハッキリしていない活動について言われたことである。すべてを目的に従属させ、目的を持たない活動は認めない。このような雰囲気が社会を覆い尽くしつつあるのではなかろうか。
 
ここで思い出したのは、哲学者ハンナ・アーレントによる全体主義についての研究である。彼女によれば、全体主義的支配においては、「チェスのためにチェスをする」ことにいかなる中立性も認められない。すなわち、あらゆる活動は「国家のため」という目的に奉仕しなければならないから、いかなる目的にも奉仕しないような活動は認められないし、そのように標榜する活動は、公に認められている目的以外の何かを目的としているのではないかと疑われるのである。
 
現代社会は少しずつこの全体主義支配に近づいているのではなかろうか。だからこそ、目的のハッキリしない活動を制限することに、社会は難色を示さなかったのではなかろうか。
 
このような指摘は大げさに思われるかもしれない。しかし哲学の使命の一つは、まさしくアガンベンという哲学者がやって見せた通り、人びとに嫌がられようとも、見落とされている事実を指摘すること、言うべきこと言うことであろうと私は信じている。これは哲学の使命を果たしてきた哲学者たちを紹介した本なのである。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 國分 功一郎 / 2025)

本の目次

はじめに――目的に抗する〈自由〉
 
第一部 哲学の役割――コロナ危機と民主主義
コロナ危機と大学、高校/自己紹介/近くにある日常の課題と遠くにある関心事/自分で問いを立てる/ある哲学者の警鐘/アガンベンの問題提起/「例外状態」と「伝染病の発明」/アガンベンという哲学者の保守性/第二の論考/三つの論点(1)――生存のみに価値を置く社会/三つの論点(2)――死者の権利/保守主義/考えることの危険と哲学すること/社会の虻として――哲学者の役割/三つの論点(3)――移動の自由の制限/支配の条件/ルソーの自然状態論/支配の複雑性/移動の自由と刑罰/日本国憲法における移動の自由/政治家と哲学者――メルケルとアガンベン/アンティゴネ、そして見舞うという慈悲/殉教者と教会の役割/行政権力とは何か/行政権が立法権を超える時/二〇世紀最悪の「例外状態」/ヴァイマル期/改めて三権分立について
 
【質疑応答】
1.移動の制限はある程度仕方がないのでは?/2.日本ではどのような制限を行政権に加えるべきか?/3.なぜ人々は自由に価値を置くことをやめたのか?/4.出発の自由と到着の自由があるのでは?/5.高校生が将来のためにやっておくべきこととは?/6.日本で健全な政治を行うために必要なこととは?/7.警告が届かないのはマスメディアのせい?/8.生存以外の価値を人々は求めているのか?/9.死者の権利とは?/10.テロリズムの脅威は?/11.マスクを着けたくない人々についてどう思いますか?/12.哲学者はどこまでその役割を求められるのか?/13.どうすれば話し相手を増やしていくことができるか?/14.主張を訴えたとして、社会は変わるものなのか?/15.「死者の権利」を生者が語るのは傲慢なことではないか?/16.現代は死生観が昔よりポジティヴになったのか?/17.今日高校生とのやり取りで感じたことは?
 
第二部 不要不急と民主主義――目的、手段、遊び
前口上/日本では炎上しなかったアガンベンの発言/「不要不急」/必要と目的/贅沢とは何か/消費と浪費/消費と資本主義/浪費家ではなくて消費者にさせられる/イギリスの食はなぜまずくなったのか?/目的からはみ出る経験/目的にすべてを還元しようとする社会/目的の概念/目的と手段/チェスのためにチェスをする/すべてが目的のための手段になる/ベンヤミンの暴力論/「目的なき手段」「純粋な手段」/カップ一揆とルール蜂起/ベンヤミンの思考のスタイル/キム少年――再びアーレントについて/無目的の魅力/官僚制と官僚支配/自由な行為とは何か/動機づけや目的を超越すること/遊びについて/パフォーマンス芸術/政治と行政管理/遊びとしての政治とプラトン/社会運動が楽しくてはダメなのか/まとめ
 
【質疑応答】
1.コロナ危機と自由の関係について/2.責任について
 
おわりに
 

関連情報

続編:
國分功一郎『手段からの解放──シリーズ哲学講話』 (新潮新書 2025年)
https://www.shinchosha.co.jp/book/611072/
 
試し読み:
目的を達成するために、あらゆる自由を奪っていいのか…コロナ禍の「不要不急」を問い直す 國分功一郎『目的への抵抗』 (BookBang 2023年9月25日)
https://www.bookbang.jp/article/762383
 
著者インタビュー:
「人間は、全員が軽度の依存症である」哲学者・國分功一郎、若者と嗜好を語る (DIG THE TEA 2023年12月28日)
https://digthetea.com/2023/12/koichiro_kokubun_pt1/
 
書評:
物江潤 評「親の死に目に会えず」「修学旅行も文化祭も中止」 コロナ禍の「不要不急」は行き過ぎでは?の問いに哲学はどう答えるか (BookBang 2023年9月25日)
https://www.bookbang.jp/review/article/762382
 
週刊 本の発見 第310回 わたなべ・みおき 評「コロナ危機下に生き方を問う」 (レイバーネット日本 2023年8月10日)
http://www.labornetjp.org/news/2023/hon310
 
高原到 評「哲学の「近さ」と「遠さ」 つなぎとめる真摯な試み」 (『週刊金曜日』2023年6月9日(1427)号 2023年6月21日)
https://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2023/06/21/book-193/
 
書籍紹介:
國分功一郎『目的への抵抗 シリーズ哲学講話』試し読み
目的に抗する<自由> (『考える人』 2023年4月13日)
https://kangaeruhito.jp/trial/75607
 
イベント・メディア出演:
國分功一郎『目的への抵抗』 (猫町倶楽部事務局 2023年12月13日)
https://nekomachi-club.com/events/380411a6a120
 
「なぜ人は人を妬むのか?」パンサー向井が哲学者・國分功一郎と語る! (TBSラジオ『パンサー向井の#ふらっと』 2023年5月12日)
https://www.tbsradio.jp/articles/69906/
 

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