Agricultural Implications of Fukushima Nuclear Accident

2011年3月11日に発生した東日本大震災により、東京電力福島第一原子力発電所事故 (以下、福島第一原発事故) が引き起こされ、大量の放射性物質が環境中に放出された。これにより、農業、林業、水産業、畜産業など、私たちの食を支える産業が影響を受け、食の安全確保が喫緊の課題となった。
 
東京大学大学院農学生命科学研究科では、事故直後から研究科全体で放射性物質の動態解明や作物中の放射性物質低減に向けた調査・研究を進めてきた。本書は、その初期段階における約1年半のデータや研究活動をまとめたシリーズ第1弾である。本シリーズ (全4冊) はすべてオープンアクセスとして無料で公開されており、この第1弾はこれまでに100,000回以上ダウンロードされている。
 
本書の掲載にあたりウェブサイトでは、以下のように説明されている。
 
福島第一原発事故後、土壌、大気、粉じん、海水に関する大量のモニタリングデータが収集され、市場に供給される多種多様な食品の放射性物質検査結果等についてのデータが蓄積されている。しかし、放射性物質の降下物が農業に与えた影響については、ほとんど知られていない。被害を受けた地域の80%以上が農地であるにもかかわらず、農業に特化した現地情報の報告は極めて少ない。本書は、生態系における放射性物質の移動や蓄積に関するデータを提供している。例えば、山間部に堆積した放射性物質が二次汚染を引き起こす可能性、植物が可食部に放射性セシウムを蓄積する条件、干し草から牛乳へ放射性物質がどのように移行するのか、などについて記載されている。
 
農業は自然と密接に関わるため、これらの問題を解明するには、多様な専門分野の研究者の協力が不可欠である。例えば、コメの研究では、水田における放射性物質の移動や蓄積経路を解明するため、水稲の栽培学、土壌学、水文学、放射線測定の専門家が連携して研究を進める必要があった。東京大学大学院農学生命科学研究科では、被災された現地に加えて農地、森林、牧草地などの研究施設を活用し、調査・研究を継続している。多くの教員がトピックごとに研究グループを結成し、調査や研究を実施している。現在、40名以上の教員がボランティアとして本プロジェクトに参加している。
 
本書は、福島第一原発事故後、日本国内で唯一体系的に実施されているこのプロジェクトの成果をまとめたものである。
 

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 教授 田野井 慶太朗 / 2025)