パリオリンピックの直前に、パリ日本文化会館で開かれた、同名の展覧会のカタログとして、この本ができあがった。パリオリンピックの前が東京オリンピックで、丹下と隈の二人は2つの東京オリンピックの建築に携わったということももちろんあるが、二人の建築家とフランスとの関係の深さが、この展覧会、この書籍を生むきっかけであったことは間違いがない。
丹下が日本の戦後復興をリードした建築家であったことは誰もが認めているし、その戦後復興がアメリカと日本の二人三脚であったことも、間違いがない。しかし、なぜか丹下はアメリカには無関心であったように見えるし、作品もほとんど残っていない。逆に丹下が最も力を入れて取り組んだのはパリでの建築群であった。
その背景にあるのは丹下の原爆体験であったと僕は考える。広島の旧制高校で学び、自分の青春の地の破壊、消滅を目にした経験は、丹下を反米主義者にし、彼とパリを接近させたと僕は考える。
僕がパリに近づいたのは、90年代初頭のバブル経済の崩壊であった。80年代にニューヨークに住み、新自由主義経済が世界を塗りかえていく様子を直に目撃し、同時にまた新自由主義のもろさも実感した。僕自身、バブル崩壊ですべての東京のプロジェクトがキャンセルされ、地方をまわりながら、90年代をなんとか喰いつないだ。そのトラウマから、アメリカ発の新自由主義をどう超えるか、アメリカをどう超えるかが、僕の生涯のテーマとなったのである。日本の地方の仕事が評価され始めた僕が、2000年代になって、アメリカではなくパリ事務所を開いたのは、そのような理由による。
二人の建築家はアメリカのどこに違和感を覚え、アメリカをどう超えようとしたのだろうか。それは、モダニズム建築とアメリカとが、どのように関係性と持つのかという、歴史的な大テーマともつながるだろう。そのような長い射程で、この二人展を眺め、考えていただけたらうれしい。そのためのヒントをこの小さなカタログに埋め込んだ。
(紹介文執筆者: 工学系研究科 名誉教授 / 特別教授室 特別教授 隈 研吾 / 2026)
本の目次
丹下の時代、隈の時代(隈 研吾)
「丹下健三と隈研吾展」の開催趣旨と3つの課題(豊川斎赫)
1.代々木競技場と国立競技場
1-1 ランドスケープ
1-2 線
1-3 軒
1-4 アーチ
【寄稿】丹下建築の改修、実践を通じて(丹下都市建築設計 副社長・木村知弘)
2.石元泰博撮影『桂』から見た成城の自邸と竹屋
2-1 石元が活写した桂と丹下自邸の幾何学
2-2 桂の素材感と竹屋
2-3 多様な素材
【寄稿】桂離宮で結ばれる時代とひと(茶人・木村宗慎)
【寄稿】わたしの建築と、わたしたちの建築(グラフィックデザイナー・原 研哉)
3.パリの丹下/パリの隈
3-1 パリの丹下
3-2 パリの隈
【寄稿】父、丹下健三とのパリの思い出(建築家・丹下憲孝)
年表─ふたりの世界的建築家の足跡と世相
英訳録
略歴/クレジット
関連情報
展覧会「KENZÔ TANGE – KENGO KUMA Architectes des Jeux de Tokyo」(邦訳「丹下健三と隈研吾展 東京大会の建築家たち」) (独立行政法人国際交流基金、パリ日本文化会館 2024年5月2日~6月29日)
https://gysc.or.jp/paris/
https://www.mcjp.fr/ja/la-mcjp/actualites/kenzo-tange-kengo-kuma-architectes-des-jeux-de-tokyo-ja
書籍紹介:
丹下健三と隈研吾、東京大会1964/2020の建築思想に迫る新刊が発売 (『MODERNLIVING』 2025年1月27日)
https://www.modernliving.jp/architecture-design/architecture/a63487576/toto-2501/

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