本書は、文学部で2012~2024年度にかけて開講した宗教学演習の授業の成果である。
日本では「宗教」というと、聖典・教義をもつキリスト教のような教団 (教会) がイメージされることが多い。宗教学ではその枠に収まらない現代的な宗教性を「スピリチュアリティ」という言葉で表現してきた。個人的に瞑想・占い・パワースポットめぐり・自己啓発などを実践する形式の総称である。宗教がもたらすのが「救い」なら、スピリチュアリティは「癒し」を提供するとされてきた。
しかし20代の学生に尋ねてみると、スピリチュアリティに対して積極的な関心を示す者はほとんどおらず、「母親はハマっているが、自分の友達でやっている人はいない」といった返答が多数である。スピリチュアリティが中年以上の人々のものであるなら、また、教団型の宗教に惹かれる人が少数派なら、今の若者たちはどのような宗教性に関わっているのか。宗教/スピリチュアリティという従来の二分法をあてはめるだけでは取りこぼされてしまう新しい宗教現象が、現代日本社会に生まれている可能性はないのか。これが本書の根本的な問題関心である。この問いはまた、もし従来型の宗教でもスピリチュアリティでもない現象が発生していたとしても、私たちはそれをなおも「宗教」として認識することはできるのかという概念・理論的問題も含み込む。
そのような、まったく新しい「何か」を発見するために、私たちは日本のサブカル、オタク文化と呼ばれてきた領域に注目した。宗教学者によるオタク文化研究は既に存在しているが、ほとんどが「オタク文化は宗教っぽい」という論の組み立て方だった。その場合の「宗教っぽさ」とは、熱狂的信仰、崇拝対象の存在など、旧来の宗教観に由来するものだった。それに対して、私たちは視点を逆転させ、「宗教のようなオタク文化」ではなく「オタク文化のような宗教現象」を探すことにした。そのような現象は簡単には見つからず、苦労したが、タルパという、オカルト文化に流用されたチベット仏教の霊的存在が、今ではサブカル化している事例を発見してから調査が進んでいった。
主だった成果を2点述べる。
1.「救い」(宗教) の次に来たのが「癒し」(スピリチュアリティ) だとすると、その次に来たのは「推し」である。(「推し」は宗教的なタームではないと見えるかもしれないが、それは従来型の宗教概念にとらわれているからではないだろうか)
2. オウム真理教事件の際、社会学者大澤真幸氏は、それを「虚構の時代の果て」と位置づけた。本書は、「虚構」には「フィクション」と「ヴァーチャル」の2つの面があることに注目し、オウム真理教世代は「フィクションの時代」に該当し、それに対してテクノロジーが飛躍的に発達する21世紀のZ世代は「ヴァーチャルの時代」を生きているのだと考えた。そして、後者を、「2.5次元」概念を借用し、「レイヤー化するリアリティと自我」を作り出す「主観的儀礼」を新たなキータームとして説明した。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 藤原 聖子 / 2026)
本の目次
Six Aspects of Contemporary Japanese Youth Religiosity
2 From Hyper-Real to 2.5-Dimensional
From the Era of Fictionality to the Era of Virtuality
2.5-Dimensional
The 2.5-Dimensional Characteristics of Tulpas
“Phantom Body” in “Digital Nature”
3 From Subjective Myths to Subjective Ritualization
Rituals that Make Oshi Real in Oshi-Katsu
Tulpa Practice as a Ritual of Real-Making
Rituals in Gaming Culture
Anime Pilgrimage
4 Conclusion
References
関連情報
Practicing belonging, vicarious spirituality, and gendered fetishism: The transformation of the non-religious/religious in contemporary Japanese youth culture (『Social Compass』Volume 71, Issue 2, p.212-235 2024年6月22日)
https://doi.org/10.1177/00377686241260494

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