本書は、自由貿易、国際法、多国間協力、民主主義・人権といった原則や規範に基づく第二次世界大戦後のリベラル国際秩序が揺らぐ中で、ドイツが中国、日本、インド太平洋地域との関係をどのように再構築しようとしているのかを分析したものである。
ドイツはアメリカのような超大国ではない一方、単なる中小国でもない。巨大な経済力を有しながらも、EUや国連などの多国間制度を通じて、国際秩序の維持に貢献するミドルパワーとして外交を展開してきた。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻、中国の台頭、アメリカ外交の不確実性の高まりによって、リベラル国際秩序は大きく動揺している。この変化の中で、ドイツ外交にもさまざまな変化が見られる。本書は、こうした変化が対アジア政策においてどのような形で展開されてきたのかを明らかにすることを目的としている。
ドイツは中国を魅力的な市場とみなし、経済関係を深めてきたものの、中国は民主主義や人権といった価値を共有する方向には向かわなかった。近年は安全保障上のリスクも高まり、過度な依存を避け、リスクを低減する対応としての「デリスキング」戦略によって、経済関係から生じる脆弱な状況を是正する政策へと転換した。しかし、これは関係を断つ「デカップリング」ではない。関係を維持しながら、過度な依存を避け、リスクを低減する現実的な対応である。
ドイツにとって日本は、経済関係・市場としては中国に代われる存在ではないが、民主主義、法の支配、人権といった価値を共有する重要なパートナーとして位置づけられ、その姿勢は近年強まっている。EUと日本の経済連携協定を背景としつつ、安全保障、防衛協力など、政治・外交面も強化された多層的な協力関係へと発展している。
そして、より広いインド太平洋地域への新しい政策展開によって、ドイツは外交の新たな戦略空間を模索してきた。自由で開かれた海洋秩序や法の支配を維持するため、この地域への政治・安全保障上の関与を強めているが、それを単独ではなく、EUのインド太平洋戦略を形成・推進することを通じて、自らの関与を拡大してきた。
ドイツにとってアメリカとの関係、NATOによる安全保障は不可欠であるが、トランプ政権の対外政策の不確実性の高まりを踏まえ、EUの戦略的自立性を高める必要性を認識し、EUの制度強化によって行動能力を高めることを目指している。
このように、本書は、ミドルパワーとしてのドイツ外交の展開を、中国との関係の再定義、日本との連携強化、インド太平洋地域への関与、そしてそれらを支えるEUの制度強化という視点から分析している。
ドイツも日本と同様、国際秩序を単独で左右できる超大国ではなく、多国間協調を重視する国家である。ドイツ外交の展開を通して、国際秩序が変容する時代の日本外交を考える一助となれば幸いである。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 森井 裕一 / 2026)
本の目次
第1章 ドイツ外交の基本構造とメルツ政権
第2章 対中政策の変遷――魅力的な市場からデリスキングの対象へ
第3章 日独関係の新展開
第4章 インド太平洋をめぐるドイツの模索
第5章 ドイツ外交とEUの統合――ショルツ政権期(二〇二一-二〇二五年)のEU改革構想
第6章 リベラル国際秩序の動揺とドイツ外交の試練
おわりに
あとがき
関連情報
伊藤武 評 <本の棚> (『教養学部報』673号 2026年6月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/673/open/673-5-01.html

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