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細胞内の確率的な遺伝子発現が引き起こす適応現象の解明 抗生物質に対するバクテリアの「パーシスタンス現象」

掲載日:2013年1月10日

マイクロ流体デバイス中で観察されるマイコバクテリアの小集団 © Yuichi Wakamoto
成長動態だけでなく、蛍光タンパク質を利用し内部の生存関連因子の発現量を同時に観察している。

バクテリアのクローン細胞集団(遺伝情報に細胞ごとのばらつきがなく均一な集団)に、抗生物質などの致死的なストレスを与えると、ほとんどの細胞が死ぬ一方で、遺伝的には同じ情報を持つにもかかわらずごく少数の一部の細胞が長期間生き残り、抗生物質がなくなると再び増殖するという現象が一般的に起こります。この現象は「パーシスタンス」と呼ばれ、結核などの感染症治療では投薬効率の低下と関連する重要な現象であるにもかかわらず、パーシスタンスがなぜ起こるのかについては、これまでほとんど解明されていませんでした。これは、細胞集団の中で起こる、ひとつひとつの細胞の状態変化を調べる技術がなく、解析できなかったためです。従来は「パーシスタンス現象は、集団内に成長も分裂もしないドーマント細胞が含まれていて、これが抗生物質投与下で生き延びるために生じる」という「ドーマント細胞仮説」が多くの研究者によって信じられてきました。

東京大学大学院総合文化研究科附属複雑系生命システム研究センターの若本祐一准教授(JSTさきがけ研究者兼任)らは、クローン細胞集団に含まれるひとつひとつの細胞の抗生物質への応答を観察できるマイクロ流体デバイスを作製し、これを用いて、結核菌の近縁種であるMycobacterium smegmatisのパーシスタンス現象を1細胞レベルで解明することに成功しました。

その結果、抗生物質イソニアジドに対するパーシスタンス現象では、細胞の生存確率と細胞の成長率のあいだに相関はありませんでした。このことから、従来多くの研究者が信じてきた「ドーマント細胞仮説」を否定する結果を得ました。さらに、このパーシスタンス現象の原因が、イソニアジドの働きに必要な酵素KatGが細胞ごとに確率的に発現することから、KatGをほとんど持たない細胞が集団内に一定数現れるためであることを見出しました。

ドーマント細胞仮説を前提とした創薬の研究は今も行われていますが、この研究で得られた、細胞内で一般的に見られる確率的な遺伝子発現が、細胞の生存や集団の適応に重要であることを示唆するとともに、この結果を応用することで、感染症治療の効率化や投薬設計の改善などにも役立つことが期待されます。

プレスリリース本文へのリンク(JSTウェブサイト)

論文情報

Yuichi Wakamoto, Neeraj Dhar, Remy Chait, Katrin Schneider, Francois Signorino-Gelo, Stanislas Leibler, John D. McKinney,
“Dynamic persistence of antibiotic-stressed mycobacteria”,
Science Online Edition: 2013/1/4 (Japan time), doi:10.1126/science.1229858

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