生きるべきか死ぬべきか ウイルスに感染した細胞が死ぬか生きるかを決める仕組みを発見
東京大学大学院薬学系研究科の岡崎朋彦助教、後藤由季子教授らの研究グループは、ウイルスに感染した細胞が、侵入したウイルスと戦うかそれとも自殺するかを決める仕組みをヒトの細胞とマウスにおいて世界で初めて明らかにしました。さらに、この仕組みが修復の早い組織での効率的なウイルス排除に貢献する可能性も明らかになりました。
哺乳動物の細胞は、ウイルスに感染すると抗ウイルス作用のあるタンパク質I型インターフェロン(IFN)を産生したり、自殺したりすること(細胞死)でウイルスに対抗します。具体的には、IFNによってウイルスに感染した細胞内でウイルスが増殖するのが抑えられ、感染した細胞が細胞死するという利他的な振る舞いによって、周囲の細胞へのウイルス感染を防止することができます。これら二つの抗ウイルス応答はウイルス排除に貢献するためウイルスに感染した生体にとって有益である一方、皮肉にも状況によっては感染した生体にダメージを与え有害となるという”矛盾”を抱えていることも分かっていました。ウイルスに感染した細胞が状況に応じて二つの応答を使い分けることで、こうむる利益と不利益のバランスが保たれれば、感染した生体が生体内のバランス(恒常性)を維持しながら効率的にウイルスを排除できるようになります。しかしながら、ウイルスに感染した細胞が二つの応答を使い分けているのか、また使い分けているならばどのような仕組みに基づいているのかはこれまで解明されていませんでした。
今回研究グループは、遺伝子改変したマウスにインフルエンザウイルスを感染させる実験を行い、ASK1と呼ばれるタンパク質が、ウイルスに感染した細胞のI型IFNの産生と細胞死の両方の誘導を仲介することを発見しました。さらに、ASK1の機能を調節するタンパク質ASK2が、ASK1によるI型IFNの誘導には関与しない一方、細胞死の誘導にのみ貢献することが判明しました。このことから、I型IFN産生と、細胞死という二つの応答がASKタンパク質群(ASKファミリー)によって使い分けられていることが世界で初めて明らかになりました。
ASK1はさまざまな組織に一様に存在しているのに対し、ASK2は損傷時に修復の早い肺や皮膚等の上皮組織で特に多く存在し、脳や心臓等の修復の遅い非上皮組織では逆に少ないことが知られています。従って、「上皮組織ではASK2を介した細胞死の誘導を優先することで効率よくウイルス排除を行い、一方の非上皮組織においては、細胞死を用いずに主にI型IFN産生を優先することで恒常性を維持している可能性があります」と岡崎助教は説明します。「すなわち、あたかもハムレットに自身の死を覚悟させた旅役者のように、ASK2が修復の早い組織に発現し、遅い組織に発現しないことが、I型IFN産生と細胞死の使い分け、つまり生きるべきか死ぬべきかに貢献するという可能性です」。
本研究の成果を元に、「恒常性を維持しながら効率的にウイルスを排除する治療法」の開発が可能になると期待されます。
論文情報
The ASK family kinases differentially mediate induction of type I interferon and apoptosis during the antiviral response", Science Signaling Online Edition: 2015/08/04 (Japan time), doi:10.1126/scisignal.aab1883 .
論文へのリンク(掲載誌、UTokyo Repository)