“キマイラ”酵素を利用した新たなものづくり戦略 カビの持つユニークな酵素の発見と合理的な機能改変
東京大学大学院薬学系研究科の松田侑大助教と阿部郁朗教授らの研究グループは、テルペン(またはテルペノイド)と総称される化合物群の合成に関わる新しい酵素を見出し、その機能を解明するとともに、本酵素の一部を改変することで新たな機能を付与できることを発見しました。
テルペノイドは炭素5個からなるイソプレンを構成単位とする化合物群であり、抗がん剤パクリタキセルや抗マラリア薬アルテミシニンなど種々の薬学的に重要な化合物などが含まれます。テルペノイドは、植物、微生物、動物の生体内で主に「酵素」の働きによって合成されます。
今回、同研究グループは糸状菌(カビ)から新たな酵素を発見し、この酵素が新規な骨格を有するジテルペン(炭素20個からなるテルペン)を合成することを解明しました。本酵素は、炭素5個からなる基本単位を連結し炭素20個からなる直鎖状物質(GGPP)を合成する部位(PTドメイン)と、この直鎖状物質を環化して最終産物を合成する部位を併せ持つ点で特徴的です。すなわち、ギリシャ神話に登場するキマイラのように異なる酵素がひとつに融合した形になっています。
また、同様の多機能酵素はすでに複数知られているものの、多機能酵素を人為的に改変して新たな物質を生み出す試みはなされてきませんでした。興味深いことに、これら酵素の中には炭素25個からなる直鎖状物質(GFPP)を作るPTドメインを持つものもあり、PTドメインを組み替えて次なる「キマイラ」を作ることで新規化合物が得られる可能性がありました。そこで、先のテルペン合成酵素のPTドメインをGFPP合成酵素と置き換えたところ、炭素25個からなる新たな環状化合物の合成に成功しました。
「類似のテルペン合成酵素遺伝子は、糸状菌ゲノム中に多数見出すことができます」と松田助教は説明します。「本手法は単純かつ他の酵素にも適用可能だと思いますので、未知の構造を有する化合物の生産、ひいては新しい医薬品開発の種の発見につながる可能性があります」。
論文情報
An unusual chimeric citerpene synthase from Emericella variecolor and its functional conversion to a sesterterpene synthase by domain swapping", Angewandte Chemie International Edition Online Ediition: 2015/11/06 (Japan time), doi:10.1002/anie.201509263.
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