変形性関節症の治療に有効な核酸医薬 軟骨形成を促進する転写因子のmRNAを関節内に届ける治療法
東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻のハイラト アニ(Hailati Aini)特任研究員、大庭伸介特任准教授、鄭雄一教授と医学系研究科附属疾患生命工学センターの位髙啓史特任准教授、片岡一則教授らの研究グループは、軟骨の形成に働く転写因子のメッセンジャーRNAを(mRNA)を関節内へ届けると変形性関節症の進行を抑制できることを、動物モデルを用いて世界で初めて示しました。本成果は、転写因子のmRNAが、新しい核酸医薬による治療法となりえることを示唆するものです。この治療法では、治療に必要な遺伝子の転写のみを調節することで、運動器変性疾患に有効な治療が得られる可能性があります。
関節軟骨は生涯にわたってわたしたちが運動する際に重要な役割を果たします。様々な原因によって、関節軟骨が変性や傷害を受けると、変形性関節症を引き起こします。高齢化社会を迎えた現在、変形性関節症は高齢者の生活の質(QOL)を低下させ、健康寿命を脅かす代表的な疾患ですが、根治的な治療法は開発されていません。
今回研究グループは、変形性膝関節症を発症するマウスの膝関節内に、3日に1回のペースで1か月間、軟骨形成に働く転写因子であるRUNX1のmRNAを内包した高分子ミセルを投与しました。すると、RUNX1 のmRNAを投与したマウス群の関節軟骨では、このmRNAを投与していないマウス群と比べて変形性関節症の進行が有意に抑えられていました。さらに、軟骨基質タンパク質(細胞の外側で軟骨を作る構造体)の一つであるII型コラーゲン、軟骨形成に必須の転写因子SOX9、細胞が増殖していることを標識する因子(増殖細胞核抗原)の発現も上がりました。転写因子のmRNAを届けるシステムとして、位高特任准教授と片岡教授の研究グループが先行研究で開発した高分子ミセル型mRNA送達システムを用いています。
「これらの結果は、膝関節内に届けられたmRNAが翻訳されてRUNX1タンパク質が作られ、このタンパク質が関節軟骨内部で治療用の転写因子として働くことで、軟骨細胞の形質の維持や増殖に関わる遺伝子群の発現を調節していることを示唆します」と大庭特任准教授は話します。「今回の成果が、運動器領域をはじめとした各種の変性疾患に対する病態の進行を抑制する根本的な治療法、病態修飾療法や組織再生療法へ応用されることを期待しています」と続けます。
本成果は、2016年1月5日に英国科学雑誌「Scientific Reports」にオンライン版で発表されました。
論文情報
Messenger RNA delivery of a cartilage-anabolic transcription factor as a disease-modifying strategy for osteoarthritis treatment", Scientific Reports Online Edition: 2016/01/05 (Japan time), doi:10.1038/srep18743.
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