新しいスピン状態を絶対零度付近にて発見 正四面スピンによる熱力学への挑戦
東京大学物性研究所の益田隆嗣准教授らの研究グループは、四面体の頂点にスピンが配置された物質において、熱力学の法則と一見矛盾する2つの安定的な状態を観測しました。絶対零度に近い極限まで温度を下げていくと、極低温で液体のようなスピン状態を発見し、法則が守られていることが確認しました。
スピンとは、粒子が持つ基本的な性質の一つで、上向きと下向きの異なる2つの状態が知られています。お互いが反対方向を向くような力が働いている場合、2つのスピンだけを考えればお互いが反対方向を向くことが最も安定的な状態(エネルギーの最も低い状態)です。しかし、この状態に3つ目のスピンが加えられて三角形の構造を作る場合、3つ目のスピンは上向きにも下向きにもなれるため、複数の安定な状態が可能です。このように3つ目のスピンが上向きにも下向きにもなれることをスピン同士のフラストレーションが生じたといいます。さらに正四面体の頂点に4つのスピンを配置した場合、より多くの安定な状態が存在しえます。
一方で熱力学の第三法則において、絶対零度(-273.15℃)では、物質は結晶内でたった一つの安定した状態に落ち着くと提唱されています。したがって、絶対零度で結晶中の四面体スピンに複数の安定な状態が実現することは、熱力学の第三法則と矛盾するという問題がありました。
研究グループは共同で、スピンにフラストレーションが存在する磁性体Ba3Yb2Zn5O11について、中性子を用いて物質内部の状態を調べました。すると、正四面体スピンが実現していることと、四面体の間の相互作用は小さくほぼ孤立していることが分かりました。さらに正四面体スピンは二つの安定状態を有しており、熱力学法則と一見矛盾していました。そこで真の安定状態を探したところ、絶対零度に近づくにつれてエントロピーが徐々にゼロに向かい、極低温では一つの状態が選択されることが確認されました。この状態は、スピンの間に秩序が存在しない新しいスピン液体状態であることが分かりました。
「オーストラリアの中性子実験装置を用いて、正四面体スピンの存在が明らかとなったときには、遠くまで実験しに来たかいがあったと思いました」と益田准教授は話します。「日本に持ち帰ったデータを博士課程の大学院生の白椽大君(当時)が、ち密な計算をもとにスピンモデルを明らかにした際には、教え子の成長をうれしく思いました」と続けます。
今回発見されたスピン液体状態には未知な点が多いですが、状態の詳細がさらに明らかにされれば、量子コンピュータに応用されることも期待されます。
論文情報
Low-Energy Excitations and Ground State Selection in Quantum Breathing Pyrochlore Antiferromagnet Ba3Yb2Zn5O11", Physical Review B (in press)
論文へのリンク(、UTokyo Repository)