細胞内の輸送の乱れがアルツハイマー病を引き起こす 遺伝学的な危険因子から見えた認知症の原因解明
東京大学大学院薬学系研究科の富田泰輔教授らの研究グループは、アルツハイマー病に関する遺伝学的な危険因子が、アミロイドβを産生する酵素の細胞内輸送を制御し、この輸送の乱れがアルツハイマー病の引き金となることを見出しました。本成果は、細胞内の輸送を制御することでアミロイドβの産生を抑える薬を用いた、新しいアルツハイマー病予防・治療戦略の策定につながることも期待されます。
高齢化社会を迎え、認知症の主な原因として知られているアルツハイマー病を予防し、治療法を確立することが強く求められています。これまでの研究から、アルツハイマー病の患者の脳に蓄積する老人斑を構成する成分、アミロイドβの濃度上昇、凝集および蓄積がアルツハイマー病の引き金になることがわかっています。一方近年、20以上の遺伝子がアルツハイマー病の危険因子であることが報告されました。しかし、これらの遺伝子がどのように発症に影響しているかはほとんどわかっていません。また、アミロイドβはその前段階の物質であるアミロイドβ前駆体タンパク質(APP)からβおよびγセクレターゼの2つの酵素によって切断され、産生されますが、細胞内のどこで産生されるのか等、制御機構を含めて不明な点が多く存在します。
富田教授らの研究グループは、これまでにアルツハイマー病の危険因子として知られている小胞輸送に関連するCALMタンパク質がγセクレターゼの細胞内で留まる場所や毒性のあるアミロイドβの産生を制御することなどを見出していました。今回、研究グループは、小胞輸送に関連するアルツハイマー病の危険因子の中でも、最も危険因子として高いBIN1タンパク質について調べたところ、βセクレターゼの細胞内輸送を制御し、アミロイドβの産生を影響する分子であることが明らかになりました。
これらの結果は、アミロイドβの産生に関わる酵素の輸送経路の乱れがアルツハイマー病の発症の有無に影響していることを意味し、BIN1やCALMが新たな創薬標的メカニズムとなる可能性があります。
「2つの異なる遺伝学的なアルツハイマー病の危険因子が、ともにアミロイドβを産生する酵素の小胞輸送に影響していることが見つかり、私たちは驚きました。細胞の中の物質輸送がアルツハイマー病の発症の鍵であることを示しています」と富田教授は話します。「これらの結果を予防・診断・治療薬開発につなげていくと同時に、引き続き他の危険因子の研究も継続していきます」と今後の展望を語ります。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」の支援を受けて行われました。
論文情報
BIN1 regulates BACE1 intracellular trafficking and amyloid-β production", Human Molecular Genetics Online Edition: 2016/05/14 (Japan time), doi:10.1093/hmg/ddw146.
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