ウサギのはがれた網膜を新たなハイドロゲルで密着させる 二段階の反応でゲル化を加速
東京大学大学院工学研究科の酒井崇匡准教授を中心とする国際研究グループは、液状のままウサギの目の中に注入すると、数分間のうちにゲル状に固まって、眼の中のゼリー状の物質硝子体に置き換わる弾性ゲルを新しく開発しました。このゲルは、眼球手術の技術に新たな道を切り開くかもしれないと期待されます。
網膜剝離をはじめとするさまざまな網膜の病気は、硝子体(網膜と水晶体の間を埋めているゲル状の物質)を置き換えるための手術を必要とします。従来はガスやシリコンオイルが硝子体に代わる物質として用いられてきましたが、これらは水とうまく混ざらないため長期間の使用には適していません。一方で、水を多く含み弾性のあるハイドロゲルは、生体軟組織と似たような物質から構成されている上にほとんど水でできているため、有望な材料でした。
「従来のハイドロゲルの欠点は、年月が経つと水を吸収して膨らみ始めてしまうため周辺の組織に刺激や圧力をかけ、最終的に損傷してしまうことです」と本研究の共著者でありバイオエンジニアリングが専門の酒井准教授は説明します。「ハイドロゲルに含まれる高分子の量を抑えることで膨らむのを防げることはわかっていました。しかし高分子の濃度を下げ過ぎてしまうとゲルが固まるのに何時間もかかってしまい、実際の手術で用いることが困難になります」。
東京大学と筑波大学を含む研究グループは、高分子の濃度を低く抑えたうえに、液状のままでウサギの眼の中に注入することができ、かつ注入後10分以内にゲル化して硝子体に置き換え可能なハイドロゲルを開発しました。そして、研究グループは反応を二段階に分けることでゲル化を加速させることに成功しました。具体的には、最初に二種類の四腕の高分子を混合することで高度に分岐した液状の高分子の集合体を作製しておき、その高分子の集合体が眼の中に注入された後すぐ互いに結合するように設計したのです。
開発したハイドロゲルを注入したウサギは食塩水を注入した場合と比べて、ハイドロゲルが膨らんで周辺の組織に与える圧力に顕著な差は見られませんでした。また、ハイドロゲルを注入したウサギでは注入後410日が経っても副作用が見られませんでした。このことから、今回開発されたハイドロゲルは生体に拒絶されず安全であることが示唆されます。
また、別の実験では、網膜剝離を患っていたウサギに今回開発したハイドロゲルを用いて治療したところ、回復することが確認されました。
「ハイドロゲルは有望な生物材料ですが、物理的な性質を制御するのが難しいのです。私たちはそういった困難な点は分子形状を精密に設計することで克服できるということを示したかったのです。そして、今回それを示すことに成功しました」と酒井准教授は言います。
この新しいハイドロゲルの効果や安全性は、人間の生体内で検証する必要があります。一方で、シリコンオイルやガスを用いた場合は、剝離した網膜を抑えつけるために手術後に患者はうつ伏せ状態を保たなければいけませんが、このハイドロゲルではその必要がなくなるだろうと研究グループは期待を寄せています。
今回開発したハイドロゲルはあらゆる疾患の治療への応用にも適した性質を持っており、空間充填ゲルとして外傷や腫瘍、退行性疾患によって損傷を受けた生体軟組織として用いることも夢ではないかもしれません。
論文情報
Fast-forming hydrogel with ultralow polymeric content as an artificial vitreous body", Nature Biomedical Engineering Online edition: 2017/03/10 (Japan time), doi:10.1038/s41551-017-0044.
論文へのリンク(掲載誌)