伸縮性導体の限界を伸ばす 銀ナノ粒子の自然形成により高い導電率を達成


LED搭載圧力感知手袋
手袋に実装された各指先の圧力センサーがLEDにつながっています。LEDの点灯強度は指先の圧力に応じて変わります。画像の調査だけでは知ることが困難な圧力の水準を確かめることが、この手袋により可能となります。
© 2017 東京大学染谷グループ
東京大学大学院工学系研究科の染谷隆夫教授らの研究グループは、元の長さの5倍の長さに伸ばしても高い導電率を維持する伸縮性導体の開発に成功しました。この新たな素材はペースト状のインクの形態で、センサーを内蔵するウェアラブルデバイス(身体に装着して使用する電子機器)や、ロボットの表面に人間のような皮膚機能を持たせるための伸縮性のある配線として、テキスタイルやゴムの表面に様々な模様を印刷することができます。
心拍数や筋活動のような人間の健康や身体能力を観察するものも含めウェアラブルデバイスの開発が現在進められており、すでに市場に登場している製品もあります。さらに、ロボットが製造業に加えヘルスケアや小売業の分野にも登場しており、伸長による高い歪みにも耐えることができる精度の高い伸縮性導体の材料へのさらなる応用が急ピッチで増加しそうです。
「ウェアラブルデバイスやロボットに対する需要が増えてきているのを目にしました」と、本研究を監督する染谷教授は話します。「その必要性に対応し製品開発を実現するための一助として、印刷できる伸縮性導体の作製がとても重要であると感じました」と続けます。
高い伸長性と導電率を達成するため、研究グループは伸縮性導体の作製に4種類の成分を混合しました。マイクロメートル寸法の銀フレーク、フッ素ゴム、液体の表面張力を減少させる物質として一般に知られるフッ素界面活性剤、それにフッ素ゴムを分解する有機溶媒から成る伸縮性導体のペーストが、同グループが2015年に開発した伸縮性導体に比べ性能が際立って優れていることを発見しました。
この新たな伸縮性導体が印刷された配線は、伸長前で、導電率の評価に関する一般的な手法を用いて4,972 S/cm(ジーメンス毎センチメートル)という高い導電率を記録しました。200%(元の長さの3倍)まで伸ばしても、導電率は1,070 S/cmと評価され、従来の伸縮性導体の値(192 S/cm)の約6倍となりました。さらに400%(元の長さの5倍)まで伸ばしても、この新たな伸縮性導体は、この伸長量の記録としては最高水準である935 S/cmという高導電率を維持しました。
この伸縮性導体の性能の高さは、導電性複合ペーストを印刷し加熱すると、銀フレークの1/1,000の大きさの銀ナノ粒子がフッ素ゴム中に均等に自然形成されるためであることが、走査電子顕微鏡(SEM)や透過電子顕微鏡(TEM)を用いた拡大により示されました。「銀ナノ粒子の形成は予想していませんでした。」と染谷教授はこの驚くべき発見についてコメントします。
さらに研究グループは、フッ素ゴムの分子量といった変数を調整することにより、ナノ粒子の分布と密度をコントロールでき、また界面活性剤の存在と加熱によりナノ粒子の形成が加速され、その大きさにも影響があることを発見しました。
この伸縮性導体の実現可能性を示すため、研究グループは、テキスタイル上に印刷できる伸縮性導体で配線した、弱い力を感知でき、また体温や室温に近い温度を測定できる、すべて印刷による圧力と温度のセンサーを作製しました。このセンサーは、熱と圧力を用いたホットプレス手法により表面に薄くかぶせることで簡単に取付けることができ、250%まで伸ばしても正確な測定ができました。これは、快適で身体にフィットしたスポーツウェアの肘や膝といった強い力がかかるしなやかな箇所や、しばしば人間の能力を凌ぐ設計でそのためにより強い負担がかかるロボットのアーム内の関節に適合するのに十分です。
この新たな素材は、大きな表面積をカバーできるステンシルマスク印刷やスクリーン印刷といった高性能印刷技術にも耐久性があり適しており、取付けも簡単で、印刷の際に、銀フレークに比べわずかな費用の銀ナノ粒子を形成する特性により、ウェアラブルデバイスやロボット装置、変形可能な電子機器への幅広い応用を実現するための安価な代替手段となります。研究グループは現在、さらにコストを削減するため銀フレークを代替するものを調査するのと同時に、同様の高い性能を持った伸縮性導体を作製するため、非フッ素ゴムのような他の高分子や、さまざまな材料やプロセスにも着目しています。
論文情報
Printable elastic conductors by in situ formation of silver nanoparticles from silver flakes", Nature Materials Online Edition: 2017/05/16 (Japan time), doi:10.1038/nmat4904.
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