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100年スケールの学問 |  総長室だより~思いを伝える生声コラム~第3回

掲載日:2018年3月16日

実施日: 2017年10月25日

東京大学第30代総長 五神 真

100年スケールの学問
 

8月上旬、北海道の2つの施設を訪問しました。農学生命科学研究科の北海道演習林(北演)と人文社会系研究科の北海文化研究常呂実習施設です。桁違いのスケールを前にし、東大の活動の幅広さと深さに触れて、激しく動く社会で忘れがちな、時空の広がりを落ち着いて捉える大切さを改めて感じました。

富良野にある北演は、1899年、木材の生産を主眼に設立されました。1950年代前半、第5代林長の高橋延清先生が、長期的な経済性と環境保全の観点から新しい林業モデルを提案しました。老・病木中心の伐採を行い、森を若返らせ、成長分だけを収穫し、持続的に木材を得るという林業モデルです。60年以上も前にサステイナビリティの意義を見抜いた先達の慧眼です。

常呂は、オホーツク海に臨む北見市の町です。なぜここに施設があるのかというと、8~9世紀も前に北海道で栄えた「擦文文化」(由来は篦で擦って文様をつけた土器)の遺跡の宝庫が常呂なのです。太古の生活に今向き合う考古学の妙の一端を実感できました。

林学は社会の役に立つ実学の一つです。実学というと、短期的なものに目が行きがちですが、役に立つことと時間スケールは別の問題です。長期的に見て初めて役に立つ実学も当然あります。植林した木材を利用できるようになるには40~50年かかります。しかし、植林当時と50年後では社会が求めるものも当然違います。その時点の経済性だけでは真に役立つものを生みだすことはできません。実学としての林学には、国土保全、CO2吸収、森の保健機能まで含め、長い時間スケールで未来を予見することが求められるのです。

常呂には3000基もの竪穴式住居の遺跡がありますが、その地図には一部四角い空白の区域があります。遺跡の学術的文化的価値が認知される前に開発が入ってしまったのです。発掘できるのは年間2つほどだそうですので、全部を調べるには何百年もかかります。これも100年スケールで捉えることが不可欠な事業です。

現代のテクノロジーの遙か以前から繋がれてきた先達の知恵を常に意識し、敏感になって初めて、100年スケールで物事を語ることができます。東大にはその知恵に直接触れられる資産が多々あります。大学は長期的な課題にしっかり取り組むための貴重な受け皿です。重要なのは、大学が長期的スケールで物事を捉えることの意義と価値を社会にきちんと発することです。北海道でこうした思いを改めて強くしました。

もう一つ、刺激を受けた訪問がありました。常呂からほど近い地にある北見工業大学です。遠隔・分散・結合をキーワードに、また話したいと思います。(つづく)

「学内広報」1501号(2017年10月25日)掲載



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