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「アト秒パルス光を発生する実験的手法」にノーベル物理学賞

掲載日:2023年10月16日

Pierre Agostini教授、Ferenc Krausz教授、Anne L’Huillier教授のノーベル物理学賞受賞が発表されました

受賞内容: 物質中の電子ダイナミクスを研究するためのアト秒パルス光を発生する実験的手法
The Nobel Prize in Physics 2023 “for experimental methods that generate attosecond pulses of light for the study of electron dynamics in matter.”

電子の動きはアト秒の時間領域
分子に光が照射され、分子内の化学結合が切断されたり、新たに化学結合が形成されたりするとき、また、固体に光を照射され、相転移などの現象が誘起されるとき、その現象のメカニズムを理解するためには、光照射に「瞬間的に」応答する物質の中の電子の動きを時々刻々捉える必要があります。しかし、超短パルスレーザー光によって得られる最も短い光パルスの時間幅は数フェムト秒(1フェムト秒は10-15 秒)であり、電子の光応答時間は1フェムト秒より短いため、電子の運動を観測するためには、アト秒領域(1アト秒は10-18 秒)のパルス幅を持つ光を用いて、ポンプ・プローブ法*による計測を行う必要があります。

強レーザー場で起こる特有の現象-ATIと高次高調波
このアト秒パルスを如何にして発生させるか、という問題への取り組みは、強レーザー場の中での原子のイオン化過程の研究に端を発しています。1979年、Agostini らは、超閾イオン化(above-threshold-ionization, ATI)を示すピークの並びを観測しました。このATIの観測は、そのメカニズムの理論研究の発展を促し、原子からトンネルイオン化過程で飛び出した電子が光の電場の中で加速され原子イオンに再衝突する過程に伴うものであることが明らかとなりました。1987年以降になると超短パルスレーザーを希ガス中に集光すると高次高調波とよばれるレーザー周波数の奇数倍の周波数を持つ光、すなわち、奇数倍の光子エネルギーを持つ光子が発生することが報告されるようになりました。L’Huillier らは、1988年にこの高次高調波の発生の特徴を観測によって明らかにして以来、そのメカニズムの理解のために貢献をしてきました。そして、この高次高調波はATI過程と類似の特徴を持つことが分かり、1993年には、Kulander のグループとCorkum によって、それぞれ独立に、トンネルイオン化、レーザー電場による加速と再衝突、そして、再衝突に伴う高次高調波の発生という3ステップによって高次高調波が発生することが説明されました(図1)。

© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences
図1:再衝突(再散乱とも呼ばれる)による高次高調波の発生。強いレーザー電場に晒された原子から電子がトンネルイオン化によって放出される(第一段階)。その電子が加速されるが、レーザー電場が次の半サイクルとなると、電場の向きが逆になるため、今度は原子イオンに向かって加速され、原子イオンに衝突する際に原子イオンと再結合する(第二段階)。そして、再結合に伴って、電子の持つ運動エネルギーが高次高調波(波長としては極端紫外光の領域)に変換されて放出される(第三段階)。
 

高次高調波からアト秒パルスへ
その後、この高次高調波がアト秒パルスから構成されることが理論的に明らかになり、ついに、2001年、Agostini のグループは、高強度フェムト秒パルスをArガスに集光することによって、高次高調波を発生させ、一つ一つのアト秒パルスの時間幅が250 as のパルス列が生成することを確認しました。そして、同じ2001年、Krausz のグループは、数サイクルの高強度フェムト秒パルスを用いてKrガスに集光することによって、単一アト秒のパルスを発生させ、そのパルス幅が650アト秒であることを確認しました。ここに、ATIから始まった一連の仕事の流れは、「アト秒パルスを発生させ、それがアト秒パルスであることを実証する」という一つのゴールに到達したのです。その結果、原子から電子が放出する際に、どの軌道から電子が放出されるかによって、アト秒領域のわずかな時間差が存在することが明らかにされるなど、「一瞬で起こる」と思われていた現象を、アト秒の時間精度で時々刻々観測することができるようになりました。つまり、このアト秒パルスをカメラのフラッシュのように使えば、物質の中で電子の分布や電荷分布が変化していく様をコマ撮りすることができるようになったのです。Agostini、Krausz、L’Huillier の三氏は、実験と計測の立場から、このアト秒科学の黎明期に大きな貢献をしたのです。

日本におけるアト秒科学の展開
我が国でも、高次高調波が発見された1980年代末から、多くの研究者がこの分野の発展に寄与してきました。2004年、渡部俊太郎氏(東京大学物性研究所)らは、自己相関法によって、950 asの孤立アト秒パルスの計測に成功しています。また、緑川克美氏(理化学研究所)らは、2002年にそれまでの高次高調波の強度を2桁以上増強する技術を開発し、アト秒領域での様々な非線形現象の観測を進めました。特に、2006年には、電場干渉自己相関測定によって、高次高調波の発生原理を実証しています。

アト秒パルスを皆で使おう
私自身も、1996年頃から強いレーザー場の中での原子、分子のイオン化やそれに引き続き起こる化学結合の切断や組み換えについての研究に長年従事し、2006年には「アト秒パルス列だけを使ったポンプ・プローブ実験」で緑川先生とご一緒する機会をいただくなど、今回のノーベル物理学賞の受賞の対象に近い研究分野に身を置いて研究に従事してきました。そして、今、私は、アト秒レーザー光源を広い分野の研究者の方々に使っていただくことを願って、アト秒科学をさらに発展させるためのユーザー施設である「アト秒レーザー科学研究施設」(Attosecond Laser Facility, ALFA) を設立するための活動に従事しています。それだけに、今回、以前より存じ上げている三名の方々が「アト秒パルスの発生と計測」を対象としてノーベル物理学賞をご受賞されたことは、大変嬉しいことでした。そして、今後、アト秒科学において、化学反応の初期過程の解明や超高速電子デバイスの開発など、新たなフロンティアが次々と開拓されて行くことを確信した次第です。

皆で祝福
ちょうどスウェーデン王立科学アカデミーがノーベル物理学賞の受賞者を発表していた頃、私はバルセロナ(スペイン)にて開催されていた The 20th International Symposium on Ultrafast Intense Laser Science別ウィンドウで開く (第20回 超高速強レーザー場科学に関する国際シンポジウム)に共同議長として参加していました。ノーベル物理学賞の受賞のニュースはリアルタイムで会場に届き、出席者のほとんどが良く知っている三名の方々の受賞が決まったこともあり、セッションの最中ではありましたが、シンポジウム会場では、皆が拍手でご受賞をお祝いしました。

ここに、Pierre Agostini 氏、Ferenc Krausz 氏、Anne L'Huillier 氏の2023年ノーベル物理学賞のご受賞を心よりお祝いいたします。

東京大学アト秒レーザー科学研究機構
機構長 山内 薫

 

*ポンプ・プローブ法:ピコ秒~アト秒の時間領域の現象を理解するための技術のひとつ。2つのパルス光を用いて、その中の1つの光(ポンプ光)を物質に照射することによって、物質変化を起こし、もうひとつの光(プローブ光)によってその変化を観測する手法。ポンプ光に対するプローブ光のタイミングを少しづつ延ばすことによって、その変化の程度を追跡する。

注)超域イオン化、高次高調波、アト秒パルス、アト秒科学については、「強光子場分子科学」(山内 薫 編著、朝倉書店 (2002) )の「本書の構成」、第2章、第6章に詳述されています。東京大学理学部広報誌「理学部ニュース2023年7月号」の理学の本棚 第58回 「強光子場分子科学」別ウィンドウで開くにも解説がありますので、ぜひご覧ください。

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