非常に強い電子間の相互作用を持つゼロギャップ半導体を発見 40年来の物性物理学の未解決問題に光
東京大学物性研究所の中辻知教授とミック・リップマー(Mikk Lippmaa)教授(当時准教授)らの研究グループは、米国ジョンズ・ホプキンス大学と共同で、ゼロギャップ半導体として知られるイリジウム酸化物(Pr2Ir2O7)をテラヘルツ分光を用いて調べたところ、5ケルビン(マイナス268ºC)という低温にて、これまで他のゼロギャップ半導体で知られていた値の数十倍以上高い約180という非常に大きな比誘電率を観測し、電子間の相互作用も非常に強いことを実証しました。
高いモビリティや量子ホール効果などのトポロジカルな機能のために、ゼロギャップ半導体が近年注目されています。その中でも、quadratic band touchingを持つラッティンジャー半金属と呼ばれる状態の物質では、強い電子間の相互作用によって通常の金属では期待できない新しい電子状態が現れる、ということが40年以上前に予測されていました。しかし、これまでに知られていたα-スズやテルル化水銀といった物質では電子の有効質量が小さいため、電子間の相互作用も弱く、その効果を実験的に明らかにすることは困難でした。
今回研究グループは、強い電子間の相互作用の効果を明らかにするために、有効質量の大きな(Pr2Ir2O7)を研究対象としました。この物質は、quadratic band touchingをもつラッティンジャー半金属であり、有効質量は真空中の自由電子に比べて約6倍重たいことが分かっていました。また、このような系では、比誘電率が電子間の相互作用の大きさを見積もる尺度となります。そこで研究グループは、テラヘルツ分光で比誘電率を調べたところ、5ケルビンという低温において約180という非常に大きな値を観測し、この値から電子間の相互作用の強さを見積もると、その大きさは運動エネルギーに比べて2桁程度も大きいことが明らかになりました。
本研究により、ゼロギャップ半導体のうち、quadratic band touching を持つラッティンジャー半金属では、電子間の相互作用が非常に強いことを実証しました。今後、ゼロギャップ半導体の性質を決める上で電子間の相互作用がどのような役割を果たしているのかという理解がさらに進むことで、新しいタイプの金属状態の創出と、その新しい機能性の創出に繋がると期待されます。
「ラッティンジャー半金属では電子間の相互作用が強い、ということは40年以上も前に予測され、長らく未検証でしたが、今回実験的に検証できました」と中辻教授は話します。続けて、「電子間の相互作用が強いゼロギャップ半導体の研究はまだまだ未開拓です。今後、電子間の相互作用の役割について理解を深め、従来の物質には見られなかった電子状態や機能性を作り出していきたい」と述べています。
なお本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」、日本学術振興会 科学研究費助成事業ならびに戦略的国際研究交流推進事業「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」における事業課題「新奇量子物質が生み出すトポロジカル現象の先導的研究ネットワーク」、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「J-Physics:多極子伝導系の物理」における研究計画班「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」の助成のもとに行われました。
論文情報
Bing Cheng, Takumi Ohtsuki, Dipanjan Chaudhuri, Satoru Nakatsuji, Mikk Lippmaa and N. Peter Armitage, "Dielectric anomalies and interactions in the three-dimensional quadratic band touching Luttinger semimetal Pr2Ir2O7," Nature Communications: 2017年12月13日, doi:10.1038/s41467-017-02121-y.
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