化学の力で細胞を狙い撃ち 1細胞レベルで標的細胞の細胞死誘導が可能な試薬の開発
東京大学大学院薬学系研究科薬品代謝化学教室・医学系研究科生体情報学分野の千葉真由美博士課程学生、神谷真子准教授、浦野泰照教授らは、レポーター遺伝子の一つであるLacZをもつ細胞(LacZ発現細胞)のみを特異的に死滅させる新規光増感剤を独自の分子設計に基づき開発しました。本研究成果は2019年8月26日付けで、ACS Central Science誌に掲載されました。
生体における細胞機能を解明する上で、生体内における特定の細胞を選択的に死滅させることができる技術は重要です。そこで、標的細胞にのみ特定の酵素を発現させ、その酵素と反応して初めて光増感能が回復する光増感剤を用いた研究が行われてきましたが、既存の光増感剤は、酵素反応生成物が標的細胞から拡散し、非標的細胞の細胞死も誘導してしまうという課題がありました。
本研究グループは今回、レポーター遺伝子 LacZ にコードされるβ-ガラクトシダーゼとの反応により初めて光増感能と細胞内滞留性が回復する新規光増感剤を独自の分子設計に基づき開発しました。この試薬自体は光照射を受けても活性酸素種を生成しませんが、β-ガラクトシダーゼと反応すると構造が変化して光増感能が回復するとともに、LacZ発現細胞内にとどまります。さらに光を照射することで、LacZ発現細胞のみを一細胞レベルで死滅させることが可能です。実際に、生きているショウジョウバエの蛹の生体内においてもLacZ発現細胞のみを死滅させることに成功しました。
今後、生体内での細胞の機能解明を目的とした様々な生物学実験へと応用が可能であると考えられます。
「私たちはこれまでに、蛍光色素や光増感剤といった光機能性分子の光機能を化学の力で制御する試みを行ってきましたが、小分子であるがゆえに拡散してしまい、狙った細胞のみで機能させることは難しいことがありました。今回、光増感剤が標的細胞内においてのみ蛋白質などにラベル化されるように設計したのですが、実際に標的細胞のみで細胞死が誘導されることが分かったときには、研究チーム全体で大変興奮しました」と神谷准教授は話します。「今回は、レポーター遺伝子lacZにコードされるβ-ガラクトシダーゼを標的としましたが、がんなどの疾患細胞は正常細胞とは異なる酵素活性を持つことが知られているため、このような酵素を標的とすることで、がんに対する新たな光線力学療法が確立できるかもしれません」 と浦野教授は話します。
論文情報
Mayumi Chiba, Mako Kamiya, Kayoko-Tsuda Sakurai, Yuya Fujisawa, Hina Kosakamoto, Ryosuke Kojima, Masayuki Miura, Masaharu Noda, Masayuki Miura and Yasuteru Urano, "Activatable Photosensitizer for Targeted Ablation of lacZ-Positive Cells with Single-Cell Resolution," ACS Central Science: 2019年8月26日, doi:10.1021/acscentsci.9b00678.
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