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「こころ」の基盤をなす情動の異常と自閉症 情動と自閉症をリンクする分子PX-RICS

掲載日:2018年11月1日

PX-RICSによるGABA<sub>A</sub>受容体輸送
PX-RICSによるGABAA受容体輸送
NMDA受容体の活性化によりPX-RICSがCaMKII依存的にリン酸化されると、14-3-3タンパク質(PX-RICSと結合してGABAA受容体輸送に共に携わるタンパク質)との複合体形成が促進され、ニューロン表面へのGABAA受容体輸送が亢進する。シナプスに局在するGABAA受容体が増加する結果、GABAシナプスでの抑制性伝達が増強される(抑制性長期増強; iLTP)。このようなGABAシナプス活性の柔軟な変化は、扁桃体の情動機能、例えば本研究で解析した恐怖学習にも重要な役割を果たしている。PX-RICSによるGABAA受容体輸送の障害は、扁桃体における情動学習に異常をもたらし、自閉症様の社会行動を誘起する。
© 2018 中村 勉

情動は「こころ」の基盤をなす脳の重要な機能です。喜怒哀楽といった根源的な心の動きだけでなく、他者の心情や意図を汲み取る社会的認知機能なども含み、動物の社会行動を強く支配しています。情動を司るのは脳の「扁桃体」と呼ばれる領域で、その機能障害が自閉症発症と密接に関連していると考えられています。しかしその分子機序はよく分かっていませんでした。

東京大学定量生命科学研究所分子情報研究分野の中村勉客員准教授、秋山徹特任教授らの研究グループは、独自に同定した自閉症関連タンパク質PX-RICSの生理機能を解析し、扁桃体が担う情動学習に必須の分子であることを見出しました。

PX-RICS 遺伝子欠損マウスは多彩な自閉症様行動を呈します。研究グループはPX-RICSが扁桃体で特に多く発現していることに着目し、PX-RICS 欠損マウスの情動機能を解析しました。扁桃体の重要な情動機能の一つに「恐怖に関連した記憶形成(恐怖学習)」がありますが、PX-RICS 欠損マウスはこの恐怖学習能力が顕著に低下していました。PX-RICSは、脳の神経細胞で抑制性神経伝達を担うGABAA 受容体を、神経細胞の表面まで運搬する働きをしています。結論として、PX-RICSが担うGABAA受容体の輸送に障害を来すと、扁桃体における情動機能に異常が生じ、自閉症様の社会行動が誘起されると考えられました。

PX-RICS 遺伝子の変異は、自閉症以外にも統合失調症やアレキシサイミア(失感情症)で見つかっています。PX-RICSが担うGABAA受容体輸送の障害が、社会性や情動に関連した脳機能に対していかに深刻な影響を与えるかを物語っています。GABAシグナルを標的として扁桃体機能を改善する薬剤など、新たな自閉症治療法の開発に繋がることが期待されます。

中村客員准教授は、「GABAシグナル、扁桃体の情動機能、自閉症の三者がPX-RICSという分子を共通基盤としていることが分かり、自閉症の発症機序の理解が大きく前進します」と語っています。

論文情報

Tsutomu Nakamura, Fumika Sakaue, Yukiko Nasu-Nishimura, Yasuko Takeda, Ken Matsuura, Tetsu Akiyama, "The autism-related protein PX-RICS mediates GABAergic synaptic plasticity in hippocampal neurons and emotional learning in mice," EBioMedicine: 2018年7月22日, doi:10.1016/j.ebiom.2018.07.011.
論文へのリンク (掲載誌別ウィンドウで開く)

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