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ゲノム編集技術で拓く希少疾患治療薬への道 | Entrepreneurs 01

掲載日:2021年1月15日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

株式会社モダリス (東京都中央区)は、遺伝子を自由に改変できるゲノム編集技術を活用して遺伝子治療薬を開発する、東京大学の成果技術を社会実装するベンチャー企業です。ターゲットにするのは、先天性筋ジストロフィーをはじめとする、治療薬が存在しない希少遺伝性疾患。個々の疾患を抱える患者数は少ないものの、全てを合わせると全世界で約4億人の患者が存在し、「疾患のロングテール」と言われています。

モダリスを率いるのは、最高経営責任者(CEO)の森田晴彦さん。東大工学部・大学院に在籍していた1980年代後半~1990年代前半の6年間、生命科学に必須の分子生物学を時代に先駆けて専攻しました。

「一歩先を見据える」ことが重要

森田さんは、「起業家になるつもりはなかった」と言い切りますが、常に1歩、2歩先を見据え、絶妙なタイミングで目標とする分野に切り込む達人です。工学部では化学工学科に入りました。同科が当時、高度成長期が終わり産業社会の需要が低下していた化学工学から、生命科学を扱う化学生命工学科にシフトを試みていたからです。生命科学に焦点を当てたテレビ番組を見て、「これは次に来る」と直感していたこともあり、分子生物学を専攻しました。

修士課程修了後は、当時としては新しかった分子生物学的なアプローチで創薬を行う企業に就職します。研究所に配属され、世界最先端のバイオロジクス薬(免疫システムの主役である抗体を主成分とした生物製剤)の研究を自由な雰囲気でさせてもらったと言います。しかし、ビジネス機会を有効に活用できない状況に直面し、「研究をうまく商売と結び付けられなければ、開発もうまく行かないし、研究者も幸せになれない」と痛感。「自分より優秀な研究者はいる」と、8年間の研究者生活から離れ、研究とビジネスの中間に身を置くためコンサルティング会社に移ります。そこで、研究をいかにビジネスに結びつけていくかを徹底的に学びました。当時の日本では、必要な人材であるにもかかわらず、ごく少数派だった道を選んだのです。

その後、東大の成果技術を活用する創薬ベンチャー企業を経て、食品会社勤務時代の研究者の先輩と、免疫制御医薬品を開発する株式会社レグイミューンを起業します。出資するベンチャーキャピタルの意向もあり、社長には経営ノウハウがある森田さんが就任することになりました。培ったビジネス手腕を発揮し、シリコンバレーで治療薬の研究開発を指揮。米国で、少数の患者を対象としてその有効性や安全性を確認する第II相臨床試験を成功裏に終えた後、会社を退きました。

ゲノム編集で希少疾患患者を治療

2年間の充電後、「社会的にも意義があり、ベンチャーが勝てる分野の希少疾患の治療薬の開発を手がけよう」と向かったのは、理学系研究科の濡木理(ぬれきおさむ)教授の研究室。2020年のノーベル化学賞を受賞した「CRISPR-Cas9」と呼ばれるゲノム編集技術は、ゲノムDNAの狙った場所を迅速に切断できる画期的な技術で、Cas9タンパク質はDNAを切断する「はさみ」として働きます。濡木研はこの技術から派生した改変型Cas9の研究で世界の最先端を走っていました。

折しも、濡木先生は自身の研究の事業化を目指しており、森田さんが初めて研究室を訪れた日に、会社設立の合意に至ったと言います。2ヶ月後の2016年1月には「エディジーン」(現モダリス)を設立。続いて米国ボストン近郊に子会社を作り、研究チームを立ち上げました。チームを率いるのは、森田さんが「天才」と呼ぶ山形哲也さん。東大医学部を卒業、同大学院を修了後に日米で研究生活を送っていましたが、モダリスの研究開発に賛同し、チーフ・テクノロジー・オフィサーとして入社しました。濡木研由来の改変型Cas9を元に同社が開発したのはCRISPR-GNDM (Guide Nucleotide-Directed Modulation)技術と呼ばれる遺伝子のスイッチのオン・オフを制御して遺伝子疾患を治療する「切らないCRISPR」。その技術を駆使し、2件の独自開発のほか、アステラス製薬株式会社やエーザイ株式会社のパートナー企業との5件の共同開発を進めています。ボストンの研究開発チームのメンバーは、アメリカ、中国、インドなど多国籍からなり、世界中から「ゲノム編集のメッカ」ボストンに集結した優秀な頭脳を集めています。

同社は、FTI(株式会社ファストトラックイニシアティブ)や富士フイルムなどの民間ベンチャーキャピタル(VC)および事業会社等から、そして東大IPC(東京⼤学協創プラットフォーム開発株式会社、東⼤のベンチャー創出機能強化のため2016年に大学が100%出資で設⽴)からも出資を受け、2020年8月に東証マザーズに上場、ゲノム編集では日本有数のベンチャーとして大きな注目を集めています。

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モダリス社が開発したCRISPR-GNDM 技術
CRISPR遺伝子編集技術で用いられる切断酵素(Cas9)を、切断活性の無い(切らない)酵素(dCas)に改変し、遺伝子のスイッチを制御するタンパク質を結合します。これにより、スイッチの操作が可能になり、目的の遺伝子の量を適切にコントロールし、スイッチの異常で起こる遺伝子疾患を治療します。
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遺伝子はスイッチによって制御されている
ヒトの体には、約2万個の遺伝子でコードされ、異なる形態や機能を持った約200種類の細胞があります。すべての細胞が同じ遺伝子コードを持っているのに、異なった細胞になるのは、遺伝子がどの細胞でONになり、どの細胞ではOFFになるべきかをスイッチによって厳密に制御されているからです。

Message

森田さんの今後の目標は、開発薬の社会実装です。「我々のプロダクトを、我々の力で(当局の)承認を受け、薬として、本当に効くことを証明したい。実際に困っている患者さんの命を救い、生活の質を向上させることが、我々の真の意味での満足に繋がります」

多くの薬と違い、遺伝子治療薬は開発から承認までが10年強と短く、開発コストも低減できると言います。事業成長にむけ上場までに東大IPCなど複数社から41億円もの資金を調達しましたが、設立4期目にして黒字化を達成しています。「(事業に)リスクはつきものですが、努力と我慢ができれば、なんとかなります。人のためになる、正しいことをやっていますし、問題の解決法を見つけてくれる仲間もいます。楽観しています」と森田さんは語ってくれました。

 

モダリスの企業プロフィール

2016年1月にエディジーン株式会社(現:株式会社モダリス)を設立後、同年4月に米国マサチューセッツ州ケンブリッジ市に子会社EdiGENE Inc.(現:Modalis Therapeutics Inc.)を設立。約7,000あると言われる希少遺伝性疾患のうち、同社が持つ技術に優位性がある数百の疾患を見据えた治療薬の開発に、多国籍の頭脳集団で挑む。2017年には、東大との間でCRISPR技術に関する独占ライセンス契約を締結。アステラス製薬やエーザイと遺伝性遺伝子疾患治療薬の共同開発を進める。アステラス製薬とは、すでに2019年に治療薬開発のライセンス契約を結んでいる。東大IPCやFTI、富士フィルム株式会社から出資を受けているほか、2020年8月に東京証券取引所マザーズ市場へ上場。

取材日: 2020年11月16日
取材・文/森由美子
トップ写真/Kohei Hara

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