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AI解析でインフラ点検を簡便に| Entrepreneurs 03

掲載日:2021年2月12日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

株式会社アーバンエックステクノロジーズ(本社:東京都目黒区)は、スマートフォンやドライブレコーダーで撮影した画像を人工知能(AI)で解析する技術を開発し、道路の損傷を検出するソフトウェアを展開するスタートアップ企業です。高度経済成長期に建設されたインフラが老朽化し社会問題となっている日本では、簡便、かつコストをかけずにインフラを点検し、早急に修理することは喫緊の課題。この社会課題に立ち向かったのが、アーバンエックス社を率いる前田紘弥代表取締役です。

東京大学工学部、大学院工学系研究科では社会基盤を専攻し、2016年に現在の開発の基礎となる研究をスタートしました。修士修了後の1年半は民間企業に勤めましたが、「大学院時代の研究結果を応用して、社会のために役に立ちたい」と、2020年4月に同社を立ち上げました。すでに損害保険会社と提携し、全国5都市で公用車にドライブレコーダーを搭載してデータを収集する実証実験を開始。道路損傷検出システムを皮切りに、都市の手頃なデジタルツイン(=リアルな社会をデータとして双子のようにサイバー空間に再現すること)の構築に向けて事業を加速しています。

眼下に広がる街を見て感銘、インフラの道へ

前田さんが道路などのインフラに興味を持ったのは、小学生の時でした。「長崎に祖母がいるので、(母の帰省で)飛行機に乗る機会が多かったのですが、飛行機から見下ろす街並みを見て、『これは1日では作れない(壮大な景色)』と、インフラに惹かれるようになりました」と、社会基盤科に進んだ理由を語ってくれました。

アーバンエックステクノロジーズ社が開発した道路点検システムでは、道路路面撮影用アプリをインストールしたスマートフォン(左)もしくは専用ドライブレコーダー(右)を車両に取り付けて運転すると、撮影した画像の中から損傷を含む画像のみを選択し、サーバーへ自動送信する  写真提供:アーバンエックステクノロジーズ

生産技術研究所の関本義秀准教授(当時、2020年12月から教授)の指導の下、2016年からスマートフォンやドライブレコーダーを用いた道路点検システムの研究を開始しましたが、学生時代は「自身の研究成果と社会とのつながりが想像できなかった」と言います。研究者として大学に残ることも選択肢としてありましたが、違う角度から社会を眺めてみたいと思い、2018年にコンサルティング企業に就職し、働きながら研究を続けました。転機が訪れたのは、就職して1年後。関本先生から、「研究の成果を事業化しないか」と声をかけられ、半年後の2019年秋に会社を退職。生産技術研究所の特任研究員に就任しながら、アーバンエックス社の設立準備に取りかかりました。

それまで、研究成果を用いて起業するロールモデルとなる先輩に巡り合わなかったという前田さん。五里霧中となりかねない中で、「今振り返ると、皆様のサポートのおかげで非常に円滑に事業を立ち上げられた」と言います。

具体的には、産学協創推進本部からの起業に向けての手厚いアドバイス、東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大I P C:東京大学のベンチャー創出機能強化のため、2016年に大学が100%出資で設立)による起業支援プログラム「1st Round」を通じた起業前後のハンズオン支援と事業化資金提供、株式会社東京大学TLO(1998年に設立され大学が100%株式保有する、東京大学の発明と企業の橋渡しをする技術移転機関)を通じた技術ライセンス取得、創業初期の起業家に快適な環境を提供する、駒場キャンパス連携研究棟インキュベーションルームへの入居などです。

「東大が持つ基本特許の独占ライセンスを受けており、我々が利益を上げるごとに東大の収益になるので、大学研究者としては理想的な起業形態です」と胸を張ります。関本先生も取締役としてアーバンエックスに参画しました。

同社は、2020年10月には最初の第3者割当増資を行い、東大IPCとベンチャーキャピタルのANRIから計8,000万円の資金を調達しています。

「東大には研究成果を事業化する仕掛けがたくさんあるということを学生時代には知らなかった。この支援策をみんなに知ってもらい、研究成果で起業するということを選択肢に入れられる学生や卒業生が増えると面白い。また、ベンチャー企業を経営しながら、博士号も取得できます」という前田さん。自身も、2021年春に博士号を取得する予定です。

自社技術で社会貢献への第一歩

アーバンエックス社は、東大IPCから橋渡しを受け、三井住友海上火災保険のドライブレコーダー上で動作可能な道路点検システムを開発し、東京都品川区、千葉県千葉市、石川県加賀市、滋賀県大津市、兵庫県尼崎市の5都市でドライブレコーダーの映像を道路点検に生かす実証実験を開始しました。道路の劣化をディープラーニングなどのAIが検知して集約、自治体などに販売する予定です。

日本の道路延長は120万kmと膨大であるにもかかわらず、高齢化に伴って専門職員が引退し、道路管理の専門家がいない自治体が相当数ある上、専用車両の使用にはコストがかかり過ぎます。前田さんは、「実際にはたくさんの民間事業者の車両や個人所有の車両が道路を日々走り回っている。管轄の道路を点検するために行政が専用車両を用意せずとも、ドライブレコーダー上で動作可能な点検システム等を活用すれば道路巡回業務を刷新できる可能性がある」と、自治体に対し課題解決への提案をしています。

撮影した画像は、リアルタイムでWeb上のダッシュボードに表⽰される。損傷の種類や対応状況を指定し、確認したいデータのみ表⽰することができる 写真提供:アーバンエックステクノロジーズ

目標は都市のデジタルツインを作成すること

Message

前田さんの今後5年間の目標は、スマートフォン、ドライブレコーダー、小型ロボットなどを用い、デジタルツイン技術を確立することです。

「いわゆる高精度地図ではなく、それぞれの活用事例で必要最低限の品質の情報が集約されている、手頃なデジタルツインを目指しています。簡易なセンサーのみでデータ収集を行う前提であれば、リアルタイムでデータ更新できるので、高精度地図とは異なる用途が広がるはずです」と話す前田さん。想定ユーザーは、全国に数十万あるとされる建設業者など。米国や東南アジアなど、海外進出も視野に入れています。

現在、ソフトウェア開発などを担うエンジニアをはじめとして、人員拡大を行なっています。

前田さんは、「我々の技術で社会の歪みを解決したい。例えば、道路で言えば、予算が大きくない自治体ほど管理している道路延長が長く、道路点検コストが高くなる。このような歪みをソフトウェア的な解決策で解消していきたい」と、社会貢献への抱負を語ってくれました。

 

アーバンエックステクノロジーズ

2020年4月、東大が持つ基本特許を使って道路点検システムを開発、展開する会社として設立。創業時のメンバーは前田紘弥代表取締役と、取締役に就任した関本義秀准教授(当時)の2人。AI画像処理技術を使った道路点検システム「My City Report for road managers」を開発し、三井住友海上火災保険と共同で、データ収集、画像分析の実証実験を行う。2021年には社員を10人ほどに増やし、本格的な市場参入を予定する。ベンチャーキャピタルのANRIと東大IPCから計8,000万円の資金を調達したほか、道路点検手法の提案が2020年度のIPA未踏アドバンスト事業に採択された。NVIDIA CorporationのAIスタートアップ支援プログラムのパートナー企業。

取材日: 2020年11月27日
取材・文/森由美子
撮影/原恵美子

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