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痛くない高精度乳がん検査装置で女性を救う | Entrepreneurs 05

掲載日:2021年3月19日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

株式会社Lily MedTech(東京都文京区)は、女性に優しい、革新的な乳がん検査装置を開発するベンチャー企業です。リング型の超音波画像診断(超音波を体の組織で反射させ、その反射波を受信して3D画像を作成する)装置は、2021年内に上市する予定です。今や11人に1人が乳がんに罹患すると言われる時代ですが、早期の検査・治療によって命を救われる女性がほとんどです。この装置は、女性が安心して検査を受けられる環境を作り、乳がんの早期発見に寄与するものとして期待されています。

同社を率いるのは、東志保代表取締役。民間企業の研究者から東京大学教授に転身していた夫、東隆先生の研究シーズを「社会に役立てられないか」と起業を決意し、2016年5月に同社を立ち上げました。乳がんの早期発見という社会的なミッションに向かって情熱的に事業を推し進める一方、経営判断は「とにかく合理性を優先」させていると言います。

宇宙工学エンジニアの夢を捨て、起業家に

10代後半からの10年間は波乱の人生でしたが、困難に直面するたびに持ち前の課題解決力と粘り強さで乗り越えてきました。高校2年の冬には、母親が約2年間の闘病生活の末に悪性脳腫瘍で死去。「高校生活は楽しんだ記憶がない」と振り返ります。その後、進学した電気通信大学では物理を専攻しましたが、カール・セーガンのSF小説を映画化した「コンタクト」に触発され、「チャレンジしたい」と米国の大学院で宇宙工学を学ぶことを決意しました。留学先の米アリゾナ州立大学(テンピ市)では、プラズマ物理を活かした探査車用エンジンの研究などで修士課程を修了。帰国後は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究者になることを目指し、総合研究大学院大学の博士課程に入りました。

しかし、その直後に父親が海外の旅行先で急死。その心痛を癒してくれたのが、留学前から交際していた東先生でした。宇宙工学エンジニアの道を諦める形で結婚し、精密機械メーカーに就職しました。そんな折、東先生からLily MedTech設立のきっかけになる、超音波CTを使う研究シーズについて知らされました。以前所属していた研究所で医療用超音波の研究にかかわっていたこともあり、「(二人で話すうちに)このシーズを何に使うか、だんだん骨子が固まってきて、医師にも検診の課題についてヒアリングを始めました」

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当初は、研究者として会社に参加する予定でしたが、社長の人選に苦慮。「情熱を持っている人が身を削ってやる方が良い」と、自ら代表取締役に就任しました。「母は46歳で亡くなっているので、私は1分1秒を充実させて生きていきたい」と、当時の起業への心構えを語ってくれました。

Lily MedTechとして事業を進めるにあたって、東大からも各種の支援が提供されています。創業前に東先生が産学協創推進本部主宰の「EDGE プログラム」に参加し、研究成果を基にした事業化構想についてビジネス専門家・有識者による個別指導を受けたほか、創業後は、研究成果の社会還元を目指すベンチャー企業に同本部が提供する「インキュベーション施設」の一つに入居しています。 また、2019年4月に東先生がLily MedTechのチーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)に転身した後も、共同研究の継続や東大生インターンの受け入れなど、東大と緊密な関係を維持しています。

乳がん検診の課題を解決

乳がんは早期に発見・治療すれば助かるがんですが、検診受診率は4割程度と低迷したままです。低い受診率は、検査方法における課題と無縁ではありません。検査方法の主流であるマンモグラフィは乳房を圧迫してX線撮影をするため痛みを伴い、被曝の心配もあります。もう一つの一般的な検査方法、乳腺超音波検査はしこりの発見や評価に優れ、痛みも伴いませんが、その精度が検査技師の技術に依存することが問題視されています。

一方、東大医学系研究科・工学系研究科での研究技術を基に同社が開発した「リングエコー」診断装置は、ベッド型で、その上にある穴の中に設置された水槽にリング状の超音波振動子が搭載されています。女性がベッドにうつ伏せになり、乳房を水槽に入れることで、乳房全体の3D画像を自動で取得できます。操作は技師・看護師が行い、その手技が検査の精度に依存することはないそうです。

開発中の乳房用画像診断装置(薬事未承認品)

ベンチャー企業の醍醐味を実感

東さんは資金調達には苦労したそうですが、同社の「ビジョンやミッション、バリューに共感してくれた」事業会社などを合理的な観点から選び、これらの出資先から約20億円の調達に成功しました。この中には、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や日本医療研究開発機構(AMED)などからの助成金も含まれています。

2年前、創業3周年パーティを開催しました。従業員と株主が顔を合わせる、初めての機会でした。「当時、研究者たちは長くて暗いトンネルを走り続けている様子でした。我々のミッションに共感してくれる人たちがこんなに外部にいる、ということを知らせたかった」と言います。「初めて顔合わせをした従業員と株主が、乳がんや技術について話し込んでいる姿を見て、とてもうれしかった。『これぞ、ベンチャー企業の醍醐味』と、達成感を感じました」

東さんは、「検査対象部位を拡大することや、超音波を使い、がん患部を焼き切る低侵襲乳がん治療機器の開発を目指し、医療現場における課題を解決していきたい」と、今後のチャレンジについて語ってくれました。

 

株式会社Lily MedTech

2016年5月に設立された、リング型の超音波振動子を使用した乳房用画像診断装置を開発するベンチャー企業。同月に東大と共同研究契約を締結。同年10月にプロタイプ機を完成させ、筑波国際ブレストクリニックや東大病院で臨床試験を開始。翌年にはAMED医療機器開発推進研究事業に採択されたほか、2019年には経済産業省により「J-Startup」企業、2020年にはNEDOの「研究開発型スタートアップ支援事業」に選定された。資金はアルフレッサ株式会社、アフラック・イノベーション・パートナーズ合同会社、三菱総合研究所、Beyond Next Ventures株式会社などから調達。従業員は約40人で、マイルストーンを達成することを前提に、「働き方」はそれぞれの裁量に任せているという。

写真左から:東隆取締役(CTO)、近藤洋平取締役(COO/CFO)、東志保代表取締役

取材日: 2021年1月14日
取材・文/森由美子
撮影/原恵美子

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