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技術と当事者目線でよりよい義足を | Entrepreneurs 06

掲載日:2021年4月23日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

BionicM株式会社(東京都文京区)は、下肢切断者の歩行を動力でアシストする「パワード義足」を開発するベンチャー企業です。人型ロボットの技術を応用し、義足ユーザーの動きや意図をセンサーによって感知する「身体とロボティックスの融合」を実現する製品で、2021年秋には販売を始める予定です。

同社を率いるのは中国出身の起業家、孫小軍代表取締役です。自身も義足ユーザーで、「従来の義足の不便さを実感し、エンジニアとしてもっと優れた義足が作れないか」と、2015年に日本のグローバル企業を退職する直前、東京大学大学院情報理工学系研究科の博士課程に入学しました。ここでロボットの技術を基礎から学び、パワード義足の研究開発をしたことが同社の技術のベースになっています。今後は義足だけでなく、高齢者や健常者も利用できる、近距離移動のモビリティデバイスの開発を視野に入れています。

日本で義足に出会う

孫さんは9歳の時に病気で右足を切断し、その後は松葉杖生活を余儀なくされました。
2012年に華中科技大学と東北大学の交換留学制度を活用して来日。1年間の滞在で日本人の優しさに触れ、東大大学院工学系研究科の修士課程に進学することを決意しました。孫さんが義足を使うようになったのは、駒場キャンパスの寮で生活していた当時、目黒区役所に出向く機会があり、そこで日本の福祉制度を知り、義足購入に補助金が出るのを知ったのがきっかけでした。

「松葉杖を使うと両手を塞がれるので、いろいろと不便でした。義足を使うと、傘をさしたり、カフェテリアでトレイを持ったりするのも楽になりました。何よりも、見た目が健常者と同じになったのが大きかった」といいます。

しかし、義足を使うにつれ、不便な点が気になってきたそうです。「義足には筋肉の働きをする動力がないので、疲れやすく、転倒しやすいほか、階段の昇降にも不便が出てきます。エンジニアとして、もっといい義足が作れないかと、純粋な気持ちが生まれました」

Message

博士課程でパワード義足の研究を始めてから、「いつかは技術を世の中に出したいという気持ちが強くなった」と話します。博士課程1年の時、東大産学協創推進本部が起業について講義・講座を提供する「アントレプレナー道場」に参加。世界最大のテクノロジーと文化の祭典「サウス・バイ・サウスウエスト」(米国テキサス州で開催)に同本部が毎年送り込むTodai To Texasチームにも選ばれて出展、革新的なアイディアや製品に贈られる「Interactive Innovation Award」を日本チームとして初めて受賞(Student Innovation部門)しました。「このような支援がなければ、技術を世の中に出せなかった」と振り返ります。

そのほかにも、起業に関するきめ細やかなアドバイスや創業時からのインキュベーション施設への入居、教育、技術移転など、大学から様々な支援を受けています。

寡占市場に切り込む

現在使われている義足のほとんどは、動力がないものです。少数派のパワード義足は海外の2社が製造し、欧州や米国で販売する寡占市場です。価格は約1千万円と高価で、競争がないため、技術革新も生まれにくい土壌があるそうです。

この市場に切り込もうとするのがBionicMです。孫さんは、「我々は、大学の技術を活用したおかげで開発コストを低く抑えています。競合会社の3分の1以下の価格で市場に出す予定です」と、同社の製品の優位性に自信を見せます。中国という大市場の開拓を図るべく、2020年、同国におけるビジネス拠点として深圳市に現地法人を立ち上げました。

パワード義足には、ユーザーの動きを感知するセンサーや、モーター、バッテリー、制御基板が内蔵されています。博士課程時代からの課題だったバッテリーの持続時間は、1回の充電で成人の一日平均歩数以上の駆動が可能になりました。今後の課題は、モーター音の低減と、センシングの一層の向上です。「様々な環境で義足が使われるので、人のランダムな動きをセンサーで感知しなければなりません。これが難しい」と話します。義足ユーザーにも実験に参加してもらい、エンジニアが社内の義肢装具士や理学療法士と議論を重ねながら技術の向上を図っています。

BionicMが開発中のパワード義足

ニッチ市場から転換

現在、日本の義足ユーザーは約10万人。ある調査によると、世界的な市場規模も2,000億円程度だそうです。孫さんは、「今後は、高齢者を含む、足の不自由な方のモビリティを高めるパーソナルモビリティデバイスを開発したいと思っています。高齢者を入れると大きなマーケットになるし、ニーズも高い。近距離移動に必要な自転車や車椅子などよりも、もっとスマートなモビリティデバイスはないかと、日々、自分に問いかけています」と目標を語ります。

孫さんは2020年半ば頃から、デジタルマーケティングの一環として、義足をテーマにSNSでビデオの発信をしています。日本の福祉制度を紹介したり、義足を様々な角度で取り上げたりして、人気を博しています。
「休日は外に出て、歩く姿を妻に動画で撮影してもらいます。その後、編集したり、選曲したりしています」
SNSへの発信が仕事一筋の生活のわずかな息抜きになっているそうですが、「好きな仕事をやっているので、全く疲れません」と、今後も事業拡大に邁進する姿勢を示してくれました。

 

 

BionicM株式会社

孫小軍代表取締役は、東京大学大学院情報理工学系研究科情報システム工学研究室の稲葉雅幸教授の指導の下、パワード義足の技術の開発を始め、2016年には科学技術振興機構(JST)による大学発新産業創出プログラム(START)に採択された。STARTの事業プロモーターとなった東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)のサポートを受けて、この技術を基に、2018年12月にBionicM株式会社を設立。UTECから創業資金を調達したほか、東京大学協創プラットフォーム株式会社(東大IPC)の1st Roundに採択された。さらに、2020年には、東大IPC、UTEC、JSTを引受先として第三者割当増資で5.5億円を調達した。「Powering Mobility for All (すべての人々のモビリティにパワーをもたらす)」をミッションとして掲げ、すべての人々がスマートに、楽に移動できるモビリティデバイスや関連サービスの提供を目指す。

取材日: 2021年2月2日
取材・文/森由美子
撮影/Kohei Hara

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