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ロンドンで研鑽を積んだCEOが率いる創薬ベンチャー Entrepreneurs 09

掲載日:2022年1月5日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

タグシクス・バイオ株式会社(東京都目黒区)は、最新の遺伝子工学と核酸化学の技術を駆使して開発した、独自の創薬プラットフォームを提供するベンチャー企業です。創業当初は、この技術をお札や旅券の偽造認証用などに展開していましたが、2016年に創薬事業に転換。現在は、円形脱毛症や血栓性血小板減少性紫斑病の治療薬開発を他社と共同で進めるほか、がんや再生医療向け医薬などの提携開発案件を進めています。

創薬事業にシフトするきっかけを作ったのは、現在、同社を率いる古関千寿子代表取締役CEOです。古関さんは、スタートアップ・エコシステムの世界的拠点ロンドンで、「サイエンスがどのようにビジネスにつながるか」を目の当たりにしてきた、創薬ベンチャーのプロ。コンサルタントとして関わったのがきっかけで、資金繰りに苦労している同社を事業転換へと導きました。今後は、自社技術を様々な創薬に応用し、上場と世界展開を目指します。

偽造認証技術から創薬探索技術へ

同社の基盤技術「人工塩基対システム」は、当時は理化学研究所の研究者だった創業者の平尾一郎さんらによって開発されました。平尾さんは現在、シンガポール・バイオエンジニアリング&バイオイメージング研究所(IBB)に所属しています。

2007年の創立時から、研究目的での試薬の販売やこの技術を偽造防止などの事業に向けて展開していましたが、需要が限られていることから、資金繰りに行き詰まるようになりました。そこにコンサルタントとして関わったのが、古関さんです。同社の技術を知り、「世界に誇れる日本発のオリジナル技術。こんな技術を開発している日本人がいるのか」と、衝撃を受けたそうです。とりわけ目を引いたのは、平尾さんが2013年に発表した「この技術は創薬に利用できる」という論文です。すぐさま、「創薬ビジネスにシフトした方が良い」と直言。同社は、事業計画書をすべて書き直した上で資金を調達し、再出発することになりました。

古関さんがタグシクス・バイオに副社長として参加したのは、翌年の2016年。平尾さんがシンガポールの研究所に転出したのがきっかけでした。その翌年に日本に拠点を移しCEOに就任してからは、数億円規模の資金調達を行いながら、人工塩基を含むDNAライブラリーからアプタマー(特定の分子と特異的に結合する核酸分子やペプチド)を創り出すことが可能なプラットフォーム技術「Xenoligo」を応用して自社創薬パイプラインの構築に成功しました。アプタマーは、標的にするタンパク質に特異的に作用することで医薬品として活用できます。抗体医薬と比べて安価に創薬することが可能で、効果が高く安全な次世代核酸医薬品として期待が高まっています。

東京大学駒場オープンラボラトリー内での実験の様子

創薬ベンチャーの基礎はロンドンで

古関さんは、東京大学大学院医学系研究科で博士号を取得。その後、腎臓病の研究を国内や米国で続けていました。英国に移住するきっかけとなったのは、米・コロンビア大学で出会った英国人男性との結婚でした。2000年、薬の再開発を手がける日本のベンチャーがロンドンで出した求人広告に目が止まりました。当時は、創薬ベンチャーが欧米に彗星のごとく現れていたものの、日本企業で創薬を手がけるベンチャーはまだほとんどなかったそうです。社長と面接し、その日にロンドンオフィスに入社が決まりました。

薬の再開発とは、棚上げになった創薬プロジェクトを、当初とは違う目的の薬の開発にシフトさせることです。「素晴らしいビジネスモデル」だと気概を感じ、創薬ベンチャーのイロハを一から学んでいきました。しかし、その会社のロンドンオフィスのケンブリッジへの移転をきっかけに退社し、2007年、「日本の創薬ベンチャー育成のお手伝いをしたい」と、ロンドンを拠点に起業。他のベンチャー企業の社外取締役やコンサルタントを務めていた時に出会ったのが、タグシクス・バイオでした。

「創薬は時間、資金がかかる」ため支援が必要

Message

創薬事業をスタートした当初こそ研究開発に苦労しましたが、「ここ2、3年は、次々と創薬のアイディアが湧いてくる」といい、研究開発は順調に推移しています。ただ、開発には時間がかかり、資金調達には今も苦労するそうです。資金は、東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC)や東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)を含む日本のベンチャーキャピタル数社から提供を受けており、大規模な資金獲得に向け上場を目指します。

今後は、自己免疫疾患系や抗体薬がカバーできない領域に焦点を当てていき、臨床試験なども行うようなスケールの会社にするのが目標です。現在、米国や韓国の企業と共同研究を行っていますが、将来的には本格的に世界展開し、ロンドンやボストンにオフィスを構えたい考えです。

古関さんは、「バイオテクビジネスの醍醐味は、大学の研究者が生み出したサイエンスが世の中のためになっていくところを見届けることができること。ワクワク感で一杯です」と、研究者から起業家に転身したことに後悔はないと言い切ります。また、今後の個人的なミッションは、若い女性が世界で活躍できるよう後押しすることだと言います。「その人たちのためになるなら、とても幸せな人生だと思います」と、結んでくれました。

 

タグシクス・バイオ株式会社

独自の基盤技術で核酸アプタマーを創出して薬品に活用し、抗体に続く次世代の新薬モダリティ(治療手段)を追求するベンチャー企業。2016年からこれまでに東大IPCやUTECが運営するファンドなどを引き受け先とする総額14億円の第三者割当増資を実施。また、東大駒場IIキャンパスにある、共同研究を推進する施設「駒場オープンラボラトリー」への入居が認められたほか、東京大学と特許を共同出願している。効果が高く、安全性の高い医薬品を提供し、社会貢献を目指す。

取材日: 2021年10月18日
取材・文/森由美子
撮影/原恵美子

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