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「偶然の起業家」が取り組む糖尿病ケアの新たなツール Entrepreneurs 11

掲載日:2022年3月2日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

世界の成人の約1割が罹患していると言われる糖尿病。そのケアには適切な食生活や運動が欠かせません。しかし、生活習慣の改善と維持を継続的に行うことが難しいと感じる方が多いのも事実です。そこで、従来のバイオマーカーよりも生活習慣を反映しやすい物質に着目し、「行動変容アプリ」と連動させ、生活習慣改善のモチベーションの維持につなげる血糖値測定システムを開発しているのが、株式会社Provigate(東京都文京区)です。

同社を率いるのは、関水康伸代表取締役CEOです。「起業家になろうとは、1ミリも考えていなかった」という関水さんですが、同社の技術の基盤を作った東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の坂田利弥准教授と出会い、研究内容に深く感銘したことから2015年に起業家に転身。2018年からは、血液中のグリコアルブミン(GA)という物質に着目した測定器を開発し、2023年の上市を目指しています。今後は、血液のみならず実は涙や唾液にも含まれるGAの測定を可能にする非侵襲なシステムの開発にも注力し、世界で110兆円とも言われる、糖尿病に起因する医療費負担の削減に貢献したいと意欲を燃やしています。

生物学者を目指した学生時代

関水さんは、「世界中でフィールドワークをする生活がしたい」と、生物学者を目指して東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の博士課程を修了しました。在学中は、小型魚類で発生学の研究をされていたそうですが、「動物が好きなのに、なぜ毎日、(実験で)動物を犠牲にしているのだろう」とふと疑問が湧き上がり、修了後は経営コンサルタント会社に就職を決めました。

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そこで関水さんが担当したプロジェクトの一つが、経済産業省から委託されたバイオベンチャーに関する調査でした。2010年頃の当時はバイオベンチャーのバブルが弾け、日本の同業界は低迷を続けていました。その調査では、成功を目指して模索を続ける多くのバイオテックの起業家にヒアリングをしたそうですが、そのヒアリングの中で「どうしたら日本のバイオテック・エコシステムは立ち上がりますか?」とある東大OBの起業家に聞いたところ、「評論家はいらない。あなたが起業すればいいのですよ」との答え。「メモをしながら、『絶対、起業なんかしない』と思いましたが、なぜかその言葉がずっと心に残っていました」

その後転職し、香港のプライベート・エクイティ投資会社に勤務していた2014年当時、たまたま出会ったのが坂田先生です。バイオセンシングデバイスを主に研究する世界的に著名な学者で、当時は、涙に含まれるブドウ糖(グルコース)の測定でビジネスができないかと模索していました。その研究内容を聞くと、「絶対に起業しない」という関水さんの決意は揺らぎ、1年後にProvigateを設立。坂田先生は社外取締役として同社に参加しました。

グルコースからGAへと転換

現在開発を進めている医家向けGA測定機の外観

涙のグルコースからGAにバイオマーカーを転換したきっかけは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から助成金を受け、涙の成分を詳細に調べたことでした。GAは、血液、涙、唾液にも含まれることが分かっています。

糖尿病のケアでは、血糖変動の全体像を反映する「平均血糖」の把握が重要です。今日の標準医療ではヘモグロビン(Hb)A1cが平均血糖の指標としてゴールドスタンダードになっていますが、半減期が140日間と長いことが特徴です。過去1~2か月の平均血糖を色濃く反映する指標ですので、数日単位では測定値の変動が小さく、患者の短期間の努力が反映されにくいのがネックとなっています。一方、GAは半減期が17日程度しかなく、過去1~2週間の平均血糖値を示すため、患者が生活習慣改善の効果を実感でき、モチベーションを維持しやすくなります。

現在、通院以外で日常的に血糖値を測定しているのは、日本の場合はインスリンなどの注射製剤を用いる方のみで、全体の約1割に過ぎません。新たなツールで週1回、低コストの測定を可能にすることにより、多くの糖尿病患者やその予備群の生活習慣改善を支えるという「アンメット・ニーズ(満たされていないニーズ)」に斬り込みます。

東大のエコシステムでミラクルに会う

同社は現在、東大本郷キャンパス内のアントレプレナープラザに入居しています。東大産学協創推進部が起業支援の一環として整備した施設で、実験室としても利用できます。「我々のような企業は実験をしなければならない。創業当時は、人を雇い、実験ができる場所は都内にはほとんどなかったので、ここに入居できたことが大きかった」と、関水さんは振り返ります。

Provigateが共同で研究する東大工学部や医学部とのコミュニケーションはもとより、起業家同士や投資家との繋がりも、本郷キャンパスにあるからこそ太いパイプになると言います。Provigateは2018年のGAへのピヴォットの際に、資金ショートの危機が長く続いたそうですが、FoundX(東大の卒業生向けスタートアップ支援プログラム)でたまたま出会った東大OBの会社経営者のエンジェル出資や、ダイキン工業が東大と結ぶ「産学協創協定(2018年から10年間で100億円の資金を拠出)」からの投資などに救われて、開発を止めることなく窮地を乗り越えることができたそうです。「こんなミラクルは、この場にいなければあり得なかった」と、関水さんは「場の大切さ」を強調します。

2021年9月にはスパークス・グループ、ANRI、Coral Capitalが第三者割当増資の引き受け手になり、9億1,000万円を調達。開発をさらに加速しています。関水さんは、「将来的には、検体採取時に身体的な負担が少ない、涙や唾液の血糖値検査機器も開発し、社会に貢献したい」と、話を結んでくれました。
 

 

株式会社Provigate

2015年3月、東大の坂田利弥准教授の研究成果を基に設立。現在は、東大医学部・工学部や熊本の陣内病院等と連携し、家庭用血糖モニタリングデバイスと血糖値を管理するアプリの開発を行う。市村清新技術財団、NEDO、日本医療研究開発機構(AMED)、東京都などから助成金を受けたほか、科学技術振興機構(JST)からは出資も受けている。2022年には第三者割当増資を計画している。システムの開発は、民間企業で血糖値測定器開発の経験がある伊藤成史・最高技術責任者(CTO)ら、「いぶし銀のエンジニア」が担う。現在、フルタイムの従業員は14人。

取材日: 2021年10月15日
取材・文/森由美子
撮影/武田裕介

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