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「漫画界の言語の壁」に挑むAI研究者出身起業家 Entrepreneurs 12

掲載日:2022年4月4日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

世界的に人気を博す日本の漫画ですが、「正規版の翻訳がない」「正式な翻訳の公開が遅い」などの理由で、漫画海賊版サイトがはびこり、作者や出版社の著作権が侵害されています。この状況を改善しようと、人工知能(AI)技術を駆使し、漫画に特化した機械翻訳システムを開発するのがMantra株式会社(東京都港区)です。

同社を率いるのは、石渡祥之佑・代表取締役。東京大学大学院情報理工学系研究科の博士課程3年の時、若い起業家が「技術者が起業するのは可能」と語る特別授業を聞き、起業を強烈に意識したそうです。その後、東大の手厚い起業支援を受けながら研究を進め、2020年1月に研究仲間とMantraを立ち上げました。

石渡さんの母親は中国出身で、少年時代の1年間、中国の学校で学んだ経験があります。その当時、漫画など日本のエンターテイメントが国境を越え、親しまれているのを垣間見たことが、漫画の機械翻訳で起業した原点だったようです。

今後は、漫画の機械翻訳システム「Mantra Engine」を普及させるとともに、集英社が出版する漫画を利用した外国語学習サービス「Langaku」を本格的に展開し、「エンターテイメント業界から言語の壁をなくすための貢献をしたい」と言います。

当初は外国語の先生になるのが夢

石渡さんは高校時代まで、「他国の言語や文化に興味を持つ子どもたちを増やしたい」と、教師を目指していました。しかし、東大の文科三類に入学した後にAI研究を志し「理転」。東大の進学選択制度を利用し、工学部の電子情報工学科に進むことになりました。

Message

大学院に進み、人間が書いたテキストを理解させる「自然言語処理」の研究に邁進しましたが、漫画の機械翻訳システムを手掛けるようになったのは自然の流れでした。中国や米国に滞在した経験から、海外の人々が日本の漫画、アニメ、ゲームを話題にし、「エンターテイメントが世の中を幸せにしている」と実感していたからです。

日本の漫画の翻訳は、難易度やコストが高いこともあり、遅々として進まないのが実情。海外の海賊版サイトは、広告モデルで収入を得るサイトと、ファンが無料で漫画の翻訳を提供するサイトがあると言います。これらを含む国内外の海賊版サイトの撲滅は、漫画の出版社には喫緊の課題です。出版社などの業界団体「ABJ」が行った調査によると、アクセス数上位の海賊版サイトで「ただ読み」された漫画を売上に換算すると、2021年の1年間で1兆円を超えるとされます。

翻訳作業のスピードアップが目的

石渡さんは、「AIで翻訳の生産性を上げることこそが、海外での海賊版撲滅に繋がります。ファンの一部は、正規版の翻訳がないので仕方なく翻訳しているのです」と話し、正規の翻訳版を日本語版と同時に出版することが現状を打開する鍵になると強調します。

「ただ、機械翻訳は、プロの翻訳者と置き換えられるものではありません。機械翻訳した原稿は、プロの翻訳者のチェック・修正により『楽しめる』水準に引き上げられます。あくまで、自動翻訳によって翻訳者の生産性を向上することが重要だと思っています」

同社の多言語機械翻訳システム「Mantra Engine」は、漫画の画像をクラウド上に上げて、文字認識や画像処理技術を駆使しながら外国語へ翻訳していくものです。例えば、複数の吹き出しにまたがる文章を順番通りに自動検出し、主語や述語がない場合でも、文脈や画像処理によりコマごとの状況を判断して翻訳できるといいます。機械翻訳の訳出を人の手で修正・校閲したり、吹き出しに合うようにフォントサイズを変更したりするワークフローを同一インターフェイス上で行えるため、作業者間の煩雑なやりとりが軽減されます。現在は英語、中国語、韓国語など14言語の翻訳に対応しています。すでに、小学館など10社以上が利用しているそうです。

同社はまた、「誰もが知っている漫画を英語で多読することで自然な会話を学ぶ」ことを目指すサービス「Langaku」を、集英社の漫画を利用して展開する予定で、現在、テスト運用をしています。

マンガ翻訳ツール「Mantra Engine」 ©︎Mitsuki Kuhitaka

東大から起業の基礎を学ぶ

石渡さんは、東大の起業支援エコシステムからの支援なしでは、ビジネスを知らない技術者が起業するのは簡単ではなかったと言います。プリンテッド・エレクトロニクス技術を手がけるエレファンテック株式会社の創業者が行った特別授業を聞いて、起業を決意。その後、2018年に東大産学協創推進本部が東大現役学生限定で行った製品アイディアコンテストに優勝し、その賞金で機械翻訳機のプロトタイプを作成しました。さらに、同本部が主催する技術プロジェクト支援プログラム「Summer Founders Program (SFP)」に参加した際に、技術プロジェクトから事業を始める際のノウハウを学ぶなど、数々の支援を受けました。また、東大の100%出資会社、東京大学協創プラットフォーム株式会社(東大IPC)が提供する起業支援プログラム「1stRound」から、AI研究に不可欠なクラウド使用の無料チケットを提供してもらったり、会社設立の法務手続きを無料で行ってもらったりと手厚い支援を受け、会社設立に漕ぎつけました。

今後については、「やりたいことは当初から変わっておらず、エンターテイメントから言語の壁をなくすことです。その一つのアプローチが機械翻訳です。まだ言語の壁を越えられていない作品をできるだけ多く流通させたい」と言い、初志を貫徹し、さらにその先を目指します。

 

Mantra株式会社

2020年1月に石渡祥之佑CEOと、友人の日並遼太CTOが設立した、漫画に特化したAI(画像認識・自然言語処理)技術を開発するスタートアップ企業。両氏は、東大大学院情報理工学系研究科の博士課程での研究成果を基に起業し、現在は漫画の多言語機械翻訳システム「Mantra Engine」 と、漫画を英文多読の教材として活用する学習サービス「Langaku」を手がけている。起業前に、東大SFPやTodai To Texas など複数の学生支援プログラムに参加して開発を進め、事業化のために東大IPCの1stRoundから500万円、経済産業省所管IPAのプログラムから1000万円の支援を獲得。 2020年6月には株式会社ディープコア、合同会社DMM.com、株式会社レジェンド・パートナーズ、およびエンジェル投資家を引き受け先とする第三者増資により約8000万円の資金調達を行った。現在のフルタイムメンバーは6名。

取材日: 2021年10月26日
取材・文/森由美子
撮影/原恵美子

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