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AIの「便利さ」と「倫理・安全性」を両輪として追求 Entrepreneurs 19

掲載日:2023年3月9日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

東大起業家シリーズ19

NABLAS株式会社(東京都文京区)は、「人工知能(AI)を普及させることで人間を単純作業から解放する」ことをミッションとするスタートアップです。現在、デジタル・トランスフォーメーション(DX)やリカレント教育の重要性がしきりに説かれていますが、NABLAS社はそれに先鞭をつける形で、iLect株式会社として2017年に設立されました。当初は、東京大学大学院工学系研究科で開発されたAI人材育成コンテンツのライセンスを受け、ディープラーニング(深層学習)などの企業向けセミナーを中心に行なっていました。しかし、社会からの強い要請を受け、AI技術の開発事業も開始。1年半後にはAIコンサルティング、研究開発(R&D)、データ分析などへ事業を拡大し、社名も現在のNABLASに変更して今に至ります。

同社を率いるのは、「AIがライフワーク」と話す中山浩太郎・代表取締役です。若くして会社経営を経験。その後、大阪大学と東京大学などで13年間、先端AI技術を研究した経歴も活かし、経営と研究の双方に手腕を振るっています。コロナ禍の影響を受けながらも事業を拡大し、トヨタ自動車株式会社、株式会社野村総合研究所、東京海上ホールディングス株式会社などの顧客やパートナーを獲得するまでに成長しています。「今後は、AI技術の恩恵をより多くの人が受けられるようにプロダクト、サービス、事業を世の中に出していきたい」と中山さんは語り、世界の市場を見据えます。
 

濃密な学生時代:数足のワラジを履く

中山さんは、関西大学の総合情報学部在学中に、Web開発を主軸とする株式会社関西情報研究所を設立。その後は学業と社長業をこなす一方、プログラミングやOS、システム開発など、情報科学に関する本を7冊出版。さらに大学の講師を務め、マイクロソフト社による学生対象のプログラミングコンテストの世界大会に、日本代表として3度出場するなど、「よく生きていられた」と振り返るほどに、大学生活は多忙を極めました。

それも中山さんが大学2年の時、運命的な出会いを果たしたからです。「何を専門領域にするのか考えていた時に、ニューラルネットワーク*についての授業を受けて機械学習の概念に触れ、“自分がやりたいのはこれだ”と思いました」と振り返ります。

しかし、「ウェブアプリケーションの受託開発のみを続けていたら、大きな飛躍は思い描けない」と考え、学業に専念するために3年で社長を退きます。2007年に博士号を取得し、大阪大学で研究員を続けていたところ、自身の研究成果が東京大学の研究者の目に留まり、翌年、特任助教として「知の構造化センター」に採用されることになりました。その後、東京大学大学院工学系研究科の松尾豊研究室においてディープラーニングの講座を立ち上げ、冒頭に述べた人材育成のコンテンツを開発しました。

2020年まで続いた東京大学での研究生活の間に創立したのがiLect社です。「大学で確たる技術やコネクションなど、市場において競争できる土台ができてから、もう一度起業したいと考えていました。そして、日本でもちょうど第3次AIブームが起こり、私が研究していたディープラーニングが各種の産業を変え始めており、起業にはいいタイミングだと思いました」と中山さんは語ります。

*ニューラルネットワーク…脳の神経回路を模したもの。それらを多階層に重ねることによって機械学習の能力を高めたものをディープラーニングと呼ぶ


画像・音声認識、ディープフェイクの検出を軸に

NABLAS株式会社で開発しているディープフェイク検知技術
NABLAS株式会社で開発しているディープフェイク検知技術

NABLAS社が開発に注力する技術の一つが、製造業などにおいて不良品を検出する画像認識技術です。同じ分野にはライバル企業が多数存在していますが、「NABLAS社の強みは、小規模のデータでAIを作り、コストダウンができる点だ」と、中山さんは自信を見せます。

また、音声のサンプルをAIに学習させることによって、テキストを入力すると、話し言葉を学習した音声をもとに生成できる技術の開発も進めており、高い性能を実現しています。しかし、悪用される恐れもあるという認識も忘れてはいません。そこで開発したのが、昨今、社会において深刻な問題になっているディープフェイク(偽動画)検出技術です。


「ディープフェイクを支える主要技術の一つは、『精巧にフェイクを作るAI』とそれを『見破ろうとするAI』の2つから構成されており、互いに競わせることで精度を上げています。我々は、『見破ろうとするAI』を活用し、ディープフェイクで作られたメディアを認識する技術を開発しています。ただ、フェイクメディアを作る側の社会的なインセンティブは一般的に高く、守る側の技術や取り組みは後手に回っている状態です。しかし、誰かがやらなくてはならないし、将来的に必要不可欠な技術と考えて、先行して取り組んでいます」



今後は世界を見据えて邁進

Message

NABLAS社は、インド、オーストラリア、韓国、日本の多国籍のエンジニア陣やスタッフ、約20名の体制で運営しています。中山さんは最高技術責任者(CTO)的な役割をも果たし、技術開発をリードしています。

また、「今後は、技術者・民間企業の立場から、AIと社会の関係性を構築していく取り組みにコミットしていきたい」と、法整備などを含めたAIをめぐる問題の解決にも意欲を見せます。「AI社会」を達成するためには、社会、モラル教育、リテラシー、啓蒙、社会システムなど、あらゆる面において準備が足りないと感じているからです。

「AI技術の急速な進化は、社会に変化と影響を与えており、将来は、多くの単純労働から人間が解放される社会になることは間違いないと思います。AI技術の補助を受けて、人間がクリエイティブな仕事にもっと時間や労力を割く社会になるだろうし、その実現に向けて必要とされることをやっていきたい」と、ライフワークへの情熱を語り、話をしめくくってくれました。

NABLAS株式会社のメンバー
 



NABLAS株式会社

2017年にiLect株式会社として設立され、その後、事業拡大と共に現在の社名「NABLAS」に変更。中山浩太郎・代表取締役が東大大学院工学系研究科の松尾豊研究室で立ち上げた、ディープラーニング・データサイエンスに関する講座のコンテンツについて東京大学TLOからライセンスを受け、AI人材育成事業を始める。創業時は、東大の産学協創推進本部が提供するインキュベーション施設「アントレプレナーラボ」に入居。設立当初から黒字経営を徹底してきたため、これまで外部からの資金調達はしていない。インターナショナルな文化の中で研究開発を行いながら、海外進出のタイミングを探る。現在は、AI人材育成プログラムの名称になっている、iLectの多言語化を模索している。

取材日: 2023年1月24日
取材・文/森由美子
撮影/原光平

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