FEATURES

English

印刷

好機を逃さず、初志貫徹した小型衛星ビジネスのパイオニア Entrepreneurs 22

掲載日:2023年12月21日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

東大起業家シリーズ22

株式会社アクセルスペース(東京都中央区)は、小型人工衛星ビジネスを手がける宇宙ベンチャーです。衛星開発・製造・運用の経験を活かし、企業の衛星活用のワンストップ支援や、衛星画像の提供、取得した衛星データの解析による農業の支援、災害対策、環境保全などの課題解決をサポートしています。

同社を率いるのは、中村友哉・代表取締役CEOです。東京大学2年生のときに「学生主導の人工衛星開発プロジェクト」に出会い、工学部の航空宇宙工学科に進学。2003年、世界初の超小型衛星「CubeSat」の打ち上げに成功し、「学生の手で民生品を用いた安価な衛星を作る」という、当時の宇宙産業の常識を破る成果を挙げました。その後、いまだ黎明期の宇宙ビジネスに飛び込むことになりましたが、同社がパイオニアとして日本の宇宙ビジネスを牽引し続けているのは「いろんなラッキーが重なった結果」である、と中村さんは語ります。同社は現在、自社開発の衛星を5機運用しており、ユーザー企業は海外を含めて数百社を数えます。複数の衛星の連携・運用による「コンステレーション」の構築や、衛星の量産化に取り組む同社は、あらゆるニーズに応える「宇宙利用が特別なことではない世界」を目指します。

人工衛星との運命的な出会い

リシャット構造
GRUSにより撮影したサハラ砂漠の「リシャット構造」。直径約50kmにも及ぶ巨大な地形構造のため、その全景は宇宙空間からでないと撮影できない。

中村さんが東大に入学したのは、1998年。当時は漠然と有機化学の研究者を目指していましたが、3年生からの専攻を決める「進学振り分け」のオリエンテーションで出会ったのが、宇宙工学を専門とする中須賀真一教授でした。「私の研究室で、学生が人工衛星を手作りしている。君たちも一緒にやらないか」との中須賀先生の誘いに、「大学の研究室で衛星を作ることが可能なのか」と衝撃を受けました。実際に研究室へ見学に行くと、「狭い研究室で、みんな楽しそうに、目をキラキラさせながらハンダ付けなどをしていました。自分の好きなことを追求しているこのチームに、自分も入りたいと思いました」。

10cm角、重さ1kg のCubeSatが無事に打ち上げられたのは2003年。修士課程の2年生になっていた中村さんは、ロシアで打ち上げを見守りました。「誰もやったことがないプロジェクトで、教科書もない中、試行錯誤しながら作り上げた衛星です。それが自分達の手を離れ、宇宙に打ち上げられるのを目の当たりにしたのは感無量でした」と振り返ります。

その後も衛星開発に携わるために博士課程に進学した中村さんですが、修了を控えて就職活動を続ける中、愕然とします。小型衛星の開発に携わることのできる企業が、日本には存在していなかったのです。

※現在は「進学選択」

起業のきっかけは恩師の提案

悩んだ末、中須賀先生に就職先の相談に行くと、「大学発ベンチャー創出のための助成金を科学技術振興機構(JST)から獲得することを目指しているので、参加しないか」との誘いがあり、「そんな選択肢があるのかと、目から鱗の状態で」起業を決意しました。ビジネスの経験は皆無ながらも、「社会に役立つ小型衛星を開発したいという思いだけ」で突き進みます。

大きな転機は、起業の準備をしていた2007年に訪れます。気象情報会社の株式会社ウェザーニューズと運命的な出会いを果たしたからです。同社は、船舶などによる北極海航路の活用に向け、海氷観測用の小型衛星打ち上げを検討していました。中村さんは同社との共同検討に参画し、翌年に同社がプロジェクトに正式なゴーサインを出したことを受けて、アクセルスペース社を創業しました。

ニーズに合わせてビジネスモデルを転換

Message

創業当初のアクセルスペース社は、顧客の要望にあわせて衛星を開発し、納品することを事業の柱に据えました。「衛星づくりの実績を作り、その取り組みを広げていく」想定でしたが、企業自身で衛星を所有し、運用することのリスクは大きいため、自社で衛星を持ちたいという顧客は、思うようには現れませんでした。中村さんは次第に「この方針では、事業をスケールさせるのは難しい」と考えるようになりました。

しかし2015年ごろ、宇宙ビジネスをめぐる状況にも変化が出てきました。米国で大型資金調達を成功させる宇宙ベンチャーが出てくるなど、民間の宇宙ビジネスが少しずつ現実味を帯びてきたのです。そのような中で、アクセルスペース社は戦略の転換を図り、自社衛星の打ち上げを決断。同年、総額19億円(シリーズAラウンド)の資金をベンチャーキャピタルなどから調達し、小型衛星群による地球観測データのプラットフォームサービス「AxelGlobe」を発表しました。これと前後して、中村さんは衛星の開発を後進の社員に任せ、経営に専念することを決断します。

現在、AxelGlobeは、農業、防災、環境、報道など、さまざまな産業における活用が始まっています。各国のパートナーと連携し、衛星画像の分析などを通じたソリューションを現地の政府や企業などに提供することにより、例えば、土地に適した農作物の生育管理を提案したり、企業のESG(環境、社会、ガバナンスを考慮した経営・事業活動)実現に向けた、森林の監視・管理や資源把握などに役立てられています。さらに、2022年には「AxelLiner」事業を発表。従来は一品生産が常識であった衛星の「量産」の取り組みをスタートしました。

今後は、AxelGlobeで運用中の小型衛星「GRUS(グルース)」の機体数を5機から10機以上に拡充し、地上のあらゆる場所を1日に1回という高い頻度で撮影できる体制の実現を目指します。「宇宙を特別なものと捉えてしまうと、ビジネスの広がりが限定されてしまいます。宇宙を身近な選択肢として、地上のビジネスに近づけることこそが、新しい価値を産み出すのです。また、それをタイムリーに提供することが重要です」と中村さん。宇宙を社会インフラにするという目標に向け、邁進します。

株式会社アクセルスペース
 

株式会社アクセルスペース

2008年8月設立。2013年に打ち上げたウェザーニューズ社の衛星「WNISAT-1」をはじめ、宇宙航空研究開発機構(JAXA)向け小型衛星「RAPIS-1」など、2021年3月までに合計9機の衛星を打ち上げた。これまでに2014年のシードラウンド(総額3,000万円)、2015年のシリーズAラウンド(総額19億円)、2018年のシリーズBラウンド(総額約25.8億円)、2021年のシリーズCラウンド(総額約25.8億円)などの資金調達を行った。東大関連では、東大などとの共同プロジェクトで、2014年に小型衛星「ほどよし1号機」を打ち上げたほか、シリーズBでの出資に東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC)も参画している。経営陣を合わせたスタッフ145人(うち約3割は海外の人材)で、「Space within Your Reach (宇宙を普通の場所に)」の実現を目指す。

*上記は2023年10月時点の情報です

取材日: 2023年10月23日
取材・文/森由美子
撮影/東京大学本部広報課

関連リンク

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる