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40年後の社会を見据えた大学債発行|総長室だより第28回 思いを伝える生声コラム

掲載日:2020年9月30日

東京大学第30代総長 五神 真

40年後の社会を見据えた大学債発行

 

 2006年に国連のアナン事務総長が提唱したPRI(責任投資原則)は着実に拡がり、民間企業もCSR(社会的責任)からCSV(社会的共通価値の創造)へと、より積極的に社会的責任を果たすことが重視されています。その中で、東京大学は日本初の長期の大学債を10月に発行することを決定し、メディアからも注目されています。この「東京大学FSI債」の背景について説明しようと思います。

 2015年の総長就任後、「変革を駆動する大学」という理念を掲げ、地球と人類社会の未来に貢献する「知の協創の世界拠点」の構築を全学共通の目標と定めました。その実現には、大学が自立し、能動的な経営体となることが不可欠と考え、様々な改革を進めてきました。一方で、知識・情報とそれを活用したサービスの価値が中心となる、知識集約型社会への転換が急速に進んでいます。しかし、無形の、知的な資本に対する価値付けは必ずしも適正に行われず、デジタル技術を駆使したビジネスがその隙を突いて急成長した側面は否定できません。モノ主体の経済が前提であった、市場原理の資本主義の歪みや限界が顕在化したとも言えます。ダボス会議でもこれを捉え、ステークホルダー資本主義への転換の重要性が議論されています。フランスでは、利益以外の目標を達成する責任を負う「使命を果たす会社」を導入する新しい法律が2019年に制定され、食品大手のダノンが第1号となりました。しかし、日本では、このような未来への投資循環がなかなか始まりません。

 このような状況をふまえ、私は多様な知という無形の価値を生み出す大学がこの流れを生み出すきっかけを作るべきと考えました。それが長期大学債の発行です。未来への備えとして必須の、知的な価値を生み出すための先行投資の必要性・重要性を大学が市場に直接訴えかけ、それが市場から評価される中で新たな資金循環が生まれ、未来型のより良い経済システムが創出されるのです。調達した資金は、Society 5.0へ転換するための大学の機能拡張を加速させる先行投資資金として活用できます。さらに、この社会変革が大学以外のセクターにも広く拡大していくのです。

 この5年余りの改革により、償還財源構築はすでに出来ています。今、私たちが行うべきことは、償還のための収益事業化ではなく、大学の未来の社会的価値の追求です。知の価値が正しく評価される、新しい経済システムを、大学自らが作り出していくことに皆様の積極的な参加を期待しています。

 

「学内広報」1538号(2020年9月24日)掲載
 

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