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「自分とは何か?」という難問に生命科学から迫る| UTOKYO VOICES 002

掲載日:2018年1月10日

UTOKYO VOICES 002 - 「自分とは何か?」という難問に生命科学から迫る

大学院医学系研究科・機能生物学専攻・システムズ薬理学教室 教授 上田 泰己

「自分とは何か?」という難問に生命科学から迫る

まるでゼリーで作ったかのように全身が透けて見えるマウス。単に透明なだけでなく、臓器の細胞一つ一つを観察することができる。上田の研究チームが開発したマウス全身透明化技術は、世界中の医学研究者を驚かせた。

「この技術はがん細胞が転移していく様子を解析するのに役立つと期待を集めています。……でも、本筋の研究から偶然出てきた副産物なんですけどね」

実はこの技術、そもそもは脳を透明化するために開発したものだった。上田は脳内の時計細胞を観察し、睡眠と覚醒のタイミングがどう決まるかを探ろうとしていたのだ。

生物の睡眠や体温、血圧などの生理現象をほぼ24時間周期で制御する体内時計については、多くの科学者が様々な方向から研究を進めている。なぜ、上田は睡眠と覚醒にフォーカスしたのか。

「人間は起きている時には意識があり、寝ている時は意識がない。睡眠と覚醒を研究すると、意識とは何か、自我とは何かがわかってくるんじゃないかと」

ではそもそも意識や自我を理解したい理由は?と尋ねると、「小学生のころに抱いた疑問が出発点」という答えが戻ってきた。

ごく幼いころは誰も、自分という存在を、自分をとりかこむ世界や人々と区別してとらえたりはしない。しかしいつしか、自分が世界とは別個に存在していることに気づく。

「その時から、あれ、自分ってどこから来たんだろう、自分って何だろうと考えるようになったんです」

誰でも若い時にちらりと心をよぎる疑問かもしれない。しかしその問いはあまりにも深く果てしなく、その後もずっと真正面から追求し続けようとする人はそう多くない。

もちろん、哲学や文学、あるいはアートを通じて模索しようとする人はいるだろう。ところが上田はこの曖昧模糊とした問いに、サイエンスという道具を使って迫ろうとしている。

学生時代に物理学を背景にして生命の「時間」を調べようと思い立ち、医学部で体内時計の研究を始めた。その後、コンピュータサイエンスの研究所や製薬会社に飛び込んで大学の研究室では得難い知見と技術を身につけ、27歳の若さで理化学研究所の研究チームを率いる立場に。体内時計をめぐる長年の謎をいくつも解き明かし、つい最近もこれまでの常識を覆す画期的な発見を発表したばかりである。

「でもまだやっと、自分とは何かを問うスタートラインに立てたかな、ぐらいのところなんです」

たしかに、そもそものゴールも見定めにくく、霧の中をさまようかのような道のりにも見える。先の見えなさに不安は感じないのだろうか。

「生命科学では、先人が積み重ねた知見の上に自分たちの発見を積み重ねていけますから。求めている答えからはまだだいぶ遠い地点にいるけれど、一つ一つ梯子をかけることで、わずかずつながらも近づいていっている実感はあるように思いますね」

旅路の果てしなさと同時に足元の確かさに目を向け、上田は根源的な問いに科学で迫ろうとしている。梯子は、意外に早く霧の晴れ間に到達するかもしれない。

取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

Memento

「これと言ってお気に入りのグッズと呼べるものはないんですよね……。常に持ち歩いているものといえばノートパソコンぐらいで」と、荷物の詰まったバッグから淡いシャンパンゴールドのPCを取り出した

Message

Maxim

「高校生の頃はとりわけ物理学に魅かれていました。物理学は時間を扱う学問ですから、ならば『生物の時間』を切り口にして、自分とは何か、生命とは何かという疑問に迫ってみようと思いついたんです」

プロフィール画像

上田 泰己(うえだ・ひろき)
1994年に東京大学に入学し医学部へ。学部生の時からソニーコンピュータサイエンス研究所と山之内製薬で研究に従事。大学院医学系研究科在学中に理化学研究所のシステムバイオロジー研究チームリーダーに就任。以降、体内時計の研究グループを率いて、システム生物学・合成生物学の分野で世界をリードする成果を挙げ続けている。2013年より東京大学医学系研究科機能生物学専攻システム薬理学教室教授。

取材日: 2017年11月9日

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